可能世界・陰の神話 第六章第三話		厄介な敵 This was revised in December 27, 2009.		野口博正の提供による 　あるひとつの可能世界
	１　怪しい集団 中臣はここ数ヶ月、あの墳墓の発掘に携わる人間達を、壱岐を使って、観察していた。そして、その行動や、嗜好の変化など、個々人のあらゆるデーターを蓄積して来た。本来ならば、もっと、早くに着手をすべき仕事であったが、そうは出来ぬ事情があった。実を言えば、美保関での実験が思わぬ悲劇を起こしてから、壱岐はしばらくの間、中臣のもとを離れていたのである。彼の中臣への不信感が原因である。当時、壱岐は二度と中臣のところには戻らない、と決心していた。そして、中臣も、後ろめたい気持ちや、機密保持の義務、そして、自分のプライドなどもあって、壱岐に連絡を取る事が出来なかったのである。 だが、壱岐が居ないと、仕事はどうしても、思考実験に留まらざるを得ない部分が増えてしまう。仕事への影響は大きかった。そして、亜真野への不信も募っていたので、中臣としては、信頼するに足る部下が欲しかったのである。そこで、数ヶ月前、中臣は壱岐に電話した。そして、壱岐に、あの時の対応を謝罪した。亜真野に知れると厄介だったが、真実を告げる事が出来なかった事情や、亜真野への疑念、そして、祟り神の実在についても、つまびらかに話したのである。その上で、中臣は壱岐に研究所に戻ってほしい、と懇願した。壱岐は随分と迷った様だが、中臣の必死な懇願や、事の重大性を考えて、彼は研究所へと戻ったのである。中臣が多忙である事に変わりはないが、謝罪を受け入れてもらえた事と、仲間が出来た、と言う想いの為に、心が幾分か、楽に成ったのは確かであった。 だが、問題は亜真野である。彼の洞察力は侮りがたい。壱岐があの怨霊の事を知っている、と言う事実を、何時までも、隠し通す事は難しかった。そこで、中臣は賭に出た。それは壱岐が戻って、しばらく経ってからであるが、中臣は緊急事態を装って、亜真野の処に電話を掛けると、壱岐が祟り神の存在に気付いてしまった、と、虚偽の報告を語ったのである。多分、亜真野は苦虫を噛み潰しただろうが、壱岐の能力を考えるなら、それは極めて、現実感のある話であるから、亜真野は思いの外、すんなりと、中臣の話を受け入れた。そして、亜真野は、「まあ、そろそろ、他のスタッフにも、真実を話さねば為りませんかな？」とまで、言ったのである。だが、その時期は追って、知らせる、と言う亜真野らしい条件も付け足されていた。しかしながら、この発言が亜真野の気まぐれでないのなら、研究の足枷がさし当たり、ひとつ、消える事になる。中臣は予想外の返事を貰って、その実行を期待した。 それにしても、壱岐に指示した観察の結果は見事なまでに、中臣の予測と一致していた。調査対象者の多くの者が怨霊の手によって、捕らわれて、危険な状況へと陥っている。既に、命を失った者もあったのである。中臣は壱岐のもたらすデータをモルモットのデータと比較しながら、自分の推理に沿って、解析した。その結果、一カ月ほど前、ついに、あの祟り神と化した言代主の性格と能力とを把握したのである。少なくとも、その時点では、中臣はそう確信していた。 ところが、問題が起こった。後、二週間ほどで、調査を打ち切ろう、と決めた矢先、妙な事が判明したのである。調査対象者の内、心身共に、健康に見える者、数名が頻繁に遠出したり、あるいは旅行したりして、妙に活発に動くのである。壱岐はその事に疑問を感じて、中臣に調査の続行を進言した。中臣は、「健康ならば、良いんじゃないのか？」と、一瞬、その続行を渋ったけれども、壱岐の勘も気に掛かる。結局のところ、彼は調査に同意した。そして、調査が続行されると、その監視対象者がある複数の人間を付け狙って居る事が分かったのである。隙を見ては念波を送って、また、時には、暴力や薬物までをも使用して、生命までをも奪うのらしい。その後の調査で、かなりの犠牲者が在る事も分かったのである。彼らがいつ頃から、その様な事をし始めたのか？それはまだ、不明であったが、壱岐がそれまで、気付かなかったところを見ると、その動きは最近に成って、活発と成った様に思われる。祟り神の意を受けた殺人をも犯す隠密集団、それが彼等の実態だった。恐らく、壱岐の見つけた連中は氷山の一角である。状況からして、同様の集団は他にも在る様に思われた。 だが、組織母体は在るのだろうか？集団で動くからには、在る、と考えるのが妥当である。なら、それはどの様な組織であろうか？何故、見知らぬ人間を狙うのだろう？そして、狙われた者達に、どの様な共通点が在るのだろうか？中臣は壱岐に、その事を重点的に、調べさせた。だが、言代主が操って居るであろう暗殺者達は極めて、用心深く行動している。組織母体は勿論、彼ら相互の連絡方法すら、全く、判然とはしないのである。おそらく、連絡は念波によるのだろうが、確認などは出来ては居ない。ただ、狙われた者達の共通性については、幾分かのヒントは見つかった。つまり、彼らはあの祟り神に対抗し得る何らかの資質を持っている、と言う推測である。だが、それはまだ、推測の域を出なかった。いずれにしても、この一連の問題は今まで、積み重ねて来た研究成果が重大な誤謬を内包している、と言う事を暗示している。中臣は意外な展開に困惑した。 そして、丁度、同時期に、亜真野も、中臣とは別の動機で、建比良に、正常に見えるモルモットの追跡調査をさせていた。そして、中臣があの隠密集団を見出した頃、亜真野もまた、同様の殺人集団を見出したのである。だが、建比良に拠れば、殺人集団の分析は中臣の方でも遣って居る。そこで、亜真野は調査の対象を狙われた者達に限定した。被害程度の軽微な者を第一グループ、重度の者を第二グループとして、更に調査を続けたのである。すると、奇妙な結果が現れた。第一グループの人数は第二グループの三分の一にも満たないけれども、少数ながら、利己的ではないリベラリストが含まれており、また、哲学する者、あるいは宗教修行者など、精神的知恵を求める者が非常に多い。一方、第二グループに目を転じると、悪徳政治家や背任行為の常習者、そして、似非宗教家など、精神の裏面に捕らわれた卑しき魂が非常に多いのである。一見すると、言代主は悪を懲らす怨霊だった。だが、そんな事など在り得ない。この裏には、何かの奥深い理由が在りそうだった。 そこで、亜真野は宗教修行者などを注意グループ、悪徳政治家などを似非グループ、どちらとも付かぬ者達はその他のグループ、として、再分類した。すると、変死を遂げた多くの者が似非グループへと、入って仕舞った。また、そのグループで、生きながらえた多く者が殺人集団を構成したのである。つまり、この二つのグループは、それぞれ、別の理由で、狙われて居る可能性が高かった。一方、注意グループでは、変死を遂げた者は僅かであった。同じ様に狙われながら、これらのグループの間には、極端な違いが現れている。つまり、注意グループに属する者は祟り神の霊力を減じ得る何等かの力を持つ、と言う推定が成り立った。 だが、それは亜真野に取って、非常にゆゆしき問題であった。彼はかなり、以前から、正常に見えるモルモットに対して、大きな疑念を持ち続けていた。本当にまともであるのなら、それは言代主にとって、脅威と成るが、亜真野の敵と成る事もまず、間違いなかったからである。洗脳などは難しく、滅ぼす事も容易では無い。幸い、まともに見えるモルモットは今回の調査で、言代主による偽装である事が判明したが、注意グループは全く違った。亜真野の最も忌み嫌う自由な魂の持主である。亜真野の危惧は今、現実性を益々、増した。 その半月後、中臣が一冊の報告書を小脇に携えて、亜真野の部屋を訪れた。報告を義務付けたのは亜真野であったが、中臣自身が来るのは、もはや、余り、うれしくない。「ほう、お忙しいのに、所長、自ら、お越しに成るとは、まあ、どうぞ」亜真野は歓迎の趣を装って、椅子を勧めた。だが、其処には、亜真野自身も気付かぬ内に、嫌みな口調が潜んでしまう。無論、中臣も、その様な態度を見るまでもなく、歓迎など、されていない事を知っていた。亜真野の柔和な仮面の下には、どんな顔が隠れて居るのか？中臣の抱く不信の念は日を追う毎に、深まっていた。 今回は、定時の報告であるから、送り付けるだけで良いのだけれども、この所、亜真野と顔を合わせていない。ご機嫌窺いも必要であった。中臣は嫌悪の情を愛想笑いで、隠しながら、勧められる侭に椅子へと座った。そして、書類を差し出すと、その概略を手短に語った。だが、亜真野は、「エッ？殺人集団ですか？信じ難いですな」と、素っ気ない。中臣は少しムッと、した。どのみち、本心を隠す為の、ただのポーズに違いないのだ。だが、何時もの悪癖に付き合って、心を揺らすだけ、損である。中臣は淡々と、詳細について話し始めた。 だが、一方の亜真野はあくびを噛み殺しながら、聞いていた。今回の中臣の報告は建比良のそれと大差は無い。そして、その分析も、自分のもの以上には、出ていない。「ふん、中臣先生も、この程度かねえ、何の為の所長だい？」意地悪そうに、その目が光った。中臣が言った。「しかし、言代主の遣る事ですから、常識的な尺度は通用しません、それと、彼等が秘密結社を構成している節も窺えます」そして、中臣は、「此処なんですが」と、添付した表を机上に広げた。その表には、数百名の姓名がその住所、職業と共に記されている。右手の欄には、その趣味から思想的傾向に到るまで、その特性が事細かに、記されていた。それは亜真野が分類をした注意グループに相当している。中臣が言った。「ご覧の通り、彼等には、ある種、霊的な力が感じられます、あるいは」だが、何故だろう？中臣は其処まで、言って、一瞬、黙った。 実を言えば、中臣は権力志向の甚だしい亜真野の様な人間は祟り神に対して、何等かの弱点を抱えて居るのでは無いのか、と疑っていた。現に、その様な人間が、恨みの念の為に、多数、命を失っている。あるいは、彼らは自らの、表面上は合法な犯罪によって、気付かぬ侭に、自らの精神を蝕んでいる。つまり、言代主の放つ恨みの念が更なる悪事を唆して、彼らの魂を堕落させるのである。その末路は無感地獄への転落であった。（ちなみに、無感地獄とは、愛情を初めとする一切の情報を受け取る事が不可能な地獄をさす。其処に落ちた魂は究極の孤独を味わうのである）無論、亜真野は自分を彼らと同一視など、していない。だが、中臣としては、亜真野本人を前にして、その様な話はし兼ねたのである。中臣はその様な詳細を端折って、話を始めた。 「あるいは、個々人の持つ意識の違いが関係するのかも知れません、言代主の弱点も、その点を分析すれば、見出せる様に思うのですが」無論、亜真野も、この問題の根底には、何らかの意識の違いが関係する、と推測して居た。だが、その件で、安易に同調すると、熱心過ぎる中臣であるから、またぞろ、厄介な要求を持ち出さぬ、とも言い切れない。放っておけば、注意グループの誰かと直接的に接触をして、意気投合すら、し兼ねなかった。それは亜真野にとって、具合が悪い。亜真野は、彼らとの安易な接触は言代主の注意を引きかねない、などと、尤もらしい理由をこじつけて、直接的接触を禁止した。 だが、亜真野は、注意グループと似非グループに対する理解が中臣と自分とでは、少し、違う、と言う事に気付いていない。そして、彼は自分が悪辣な人間であり、似非グループに分類されるなどとは、つゆほども思ってはいなかった。神々の秩序を守る為には、権力を握って、反対者を押さえつける事が必要であるし、その為には、いかなる手段を用いようとも許される。それは正義である。亜真野はそう考えていた。人間は自らの性については、直視する事が難しい。ともすると、自分の醜さや弱点から、目を背けたり、あるいは、それを正当化して仕舞う傾向がある。亜真野と云えども、その例外では無かったのである。 ２　建比良の憂鬱 その十日ほど後、建比良は注意グループを探る内に、異様に強い霊力を持つ、少人数のグループを見出して、調査していた。構成員はまだ、四、五名の様に見えるけれども、始終、連絡を取り合っており、あの祟り神の存在に気付いている節も窺える。そして、あの殺人集団が何時も、張り付いているのにも拘らず、攻撃を仕掛けぬ事も奇妙であった。建比良は一応の調査を纏め終えると、亜真野の元へと、取って返した。だが、気分は重い。今度、持ち帰る情報は決して、好ましいものとは言い難いのである。そして、この所の亜真野は随分と機嫌も悪かった。出来るなら、延期をしたいところであった。しかし、報告が遅れると、後で、どんなお仕置きがあるか、分からないから、ぐずぐずしても居られない。建比良は足早に廊下を歩くと、学長室への関門である秘書室のドアをノックした。 其処には、あの高慢ちきな真野美香子がいる。亜真野の姪である事を鼻に掛けて、自分まで、偉い、と錯覚している。建比良と顔を合わせると、そこはかとなく、見下した様な態度を取るのである。「お前は俺の上司ではない」そんな時、建比良は何時も、心の中で、そう言った。だが、仕方がない。彼は彼女に、へつらう様に、亜真野への取り次ぎを依頼した。そして、その様なへつらいが更に、自分の心を鬱屈させた。不幸な事に、建比良は、その様な自分の卑屈な態度が美香子が自分を嫌う大きな理由である事に、全く気付いて居なかった。美香子がインターホンで、「建比良さんが来ております」と、報告している。だが、建比良としては、そのイントネーションがまた、自分を小馬鹿にした様で、気に入らない。「何時か、仕返ししてやる」建比良は心の内で呟いた。 だが、今、問題なのは亜真野の機嫌である。建比良は恐る恐ると、ドアを叩いた。と、低い声で、返事が聞こえる。建比良は、「失礼します」と、ドアを開いた。と、デスクの向こうに、不機嫌そうな亜真野が何やら、書類を認めている。建比良が、「遅くなりました」と、声を掛けると、亜真野がふっと、顔を上げて、ずり落ちた眼鏡のリムの端から、上目を使って、彼を睨んだ。ぎらぎらとした眼が恐ろしい。建比良は思わず、縮み上がった。と、何故だろう？亜真野がやおら、笑顔を作る。「やあ、ご苦労だったね、まあ、此処に座れよ」彼はそう言いながら、傍らの椅子を顎で、示した。妙に優しい口調であるが、そうは安心も出来かねる。建比良は言われた侭に腰を掛けると、亜真野の顔色を窺いながら、調査の顛末を語り始めた。 亜真野の予測では、注意グループに属する霊能者は早晩、連絡を取り合って、組織化へと動く筈だった。それが形と成る前に、芽を摘む事が必要である。亜真野はそう考えていた。だが、建比良の報告から判断すると、注意グループの連携は予想以上に進展している。おそらく、建比良の発見したグループの他にも、同様のグループが複数、存在するのだろう。もしも、それらが互いの存在に気が付いて、連携するなら、恐ろしい事態にも成りそうである。「何故、こうも後手に回るのか！」報告書を読む亜真野の顔は見る間に、険しく変わって行った。全身から放たれる憎悪の念が真っ赤なオーラを形成している。亜真野の身体をすっぽり覆って、炎の様に揺らいで見えた。「我が師ながら、恐ろしい」建比良は異様な毒気に当てられて、思わず知らず、額を押さえた。ほんの一時の静寂が永遠の様にも思われる。建比良は貝の様に押し黙り、長い時間を耐えるのだった。 と、亜真野が言った。「フーム、おまえの見付けたグループは新たな敵の中核らしいな、この連中からは絶対に目を放さんように、分かったね？」だが、新たな敵とは、果たして、何か？建比良には、余り飲み込め無かった。亜真野の毒気に当てられて、妙に頭脳が働かない。そして、彼はその事すら、気付いていなかった。些細な思考すら、ままならず、彼は、「ハア？」と、問いを返した。と、亜真野がギロリと、眼を剥いて、もどかしそうに、声を荒げた。 「エッ、分からんか？敵は言代主だけでは無い、と言う事だよ、非常に危険な連中なんだ」だが、建比良には、その意味も全く、分からない。彼は、「あ、あの、祟り神以外の？敵ですか？」と、戸惑い気味に、再び、問うた。と、亜真野がニヤリと、怪しく笑う。果たして、どの様な笑いであるのか？建比良は上目と成って、亜真野を見つめた。すると、亜真野が眼鏡を外して、机上に置いた。そして、諭す様に、小声で言った。「だから、もう一つさ、言代主とも我々とも、全く違う人種なんだ、だが、危険性は怨霊以上のものかも知れん、共産主義など、比較にも無らん代物なのだ」そして、意地悪そうに再び、笑うと、「何故だ、と思う？」と、建比良を見た。 だが、建比良は頭が益々、朦朧として、亜真野の声が遠くに響く。彼はただ、「はあ？」と、再び、問うた。亜真野が言った。「良いかね？良く聞くのだ、たとえ、日本が共産国家に成ろうとも、神々の秩序は変わらない、骨の髄まで染み込んで、空気の様に成ってるからな」「はあ」「だが、あの連中が力を持つと、その状況が壊れて仕舞う、分かるだろう？」「はあ、それは、もう」「つまり、八百万の神々が、そして、日本人の魂が勝手放題をし始めるのだ、我々はその事を一番に警戒しなくては行け無い、この事に比べるなら、政治体制の変更など、大した問題では無いのだよ」 建比良は朦朧とした意識の中で、呪文の様に聞いている。そして、彼はぶつぶつと、呟く様に喋り始めた。「神々の秩序は絶対です、それを破壊する者は許せません、葬り去って仕舞いましょう」それは何かに取り憑かれた様な、曰く言い難い口調である。果たして、本人の意思で喋っているのか？それとも、亜真野の誘導なのか？二人の間には、その事すら、判然とは分からない異様な空気が漂っていた。 亜真野が言った。「まあ、そう焦るな、闇雲に動いては、こっちが危ない、今は奴等を監視して、様子を知る事が大切なのだ、分るだろう？建比良君、頼りにしてるよ？」すると、建比良が上目で、ニタリと、はにかんだ。そして、小首を傾げると、媚びる様に、問い掛けた。「でも、奴らを野放しにして、良いのでしょうか？何とかして、力を削ぎませんと」すると、亜真野がゆっくりと、背もたれに身体を預けた。そして、顎を撫でながら、諭す様に言った。 「ウン、其処だがな、あの連中は魂の自由、などと言う馬鹿げたものを信奉している、だから、怨念などとも相容れ無い、つまりだな、あの祟り神が黙っては居ない、そうだろう？」「はい、確かに、仰る通りです、現に、奴らを付け狙って、抹殺しても居りますから」「だからさ、意図的に、奴等を衝突させて、力を消耗させるのが効率的だ、と思うのだ、その戦いぶりを見て置けば、奴等の弱点も見出せる、そうだろう？」「はい、仰るとおりです・・」建比良が魅入られた様に頷いた。 亜真野は建比良を退室させると、猿女孝夫に電話を入れた。自宅へ来るよう、命じたのである。猿女はその夜、早速、亜真野の家を訪れた。猿女は防衛庁、公安部に勤務する亜真野のかつての教え子である。現在は、ＭＩＣ遂行の指揮を任されて居り、亜真野の右腕として活動していた。無論、防衛庁は何も知ら無い。猿女は秘密裏に、その組織を利用していた。亜真野が言った。「猿女君、やはり、私の勘は当たって居たよ、まだ組織、という程にも成っては居ないが、何等かの手は打たねば為らん」そして、机上の資料に目を遣ると、気怠そうに顎で示した。 猿女はそれを手に取ると、素早くページを捲って行った。黙読の速度が異様に早い。亜真野はその間、虚空を睨んで、陰鬱な静けさが辺りを覆った。ページを捲る音だけが部屋の空間を震わせている。そして、それが途絶えると、資料をたたむ音がした。猿女が言った。「なるほど、そうでしたか、しかし、難しいですね、で、何か、お考えでも？」「うん、今、すぐにでも何とかしたいが、無謀な事は避けねば為らん」「はい、もう少し、調査が必要でしょう」「うん、かと言って、放置も出来んしな、其処で、考えたのだが、問題のグループに入りそうな者を探し出して、霊能の目覚める前に抹殺をする、と言うのはどうだろう？外堀から埋める訳だがね」「はあ、ですが、それは言代主の方で遣ってくれるのでは無いのでしょうか？」「うん、建比良には、そう言って置いたが、それがそうも行かんのだ」 今の所、言代主は地縛霊故の制約で、その祟りは島根やその周辺の地域に限られていた。その故に、殺人集団を産み出して、日本全土へと放ったのである。だが、その連中も、島根から遠く離れると、霊力は格段に弱まった。「なるほど、それでは、始末できるのは雑魚だけ、と言う事ですか？」「うん、言代主の意図は分からんが、我々に取っては意味が無い」だが、猿女は少し首を捻った。亜真野の案は言代主の標的に成るかも知れない人間を先に抹殺してしまう計画である。あの祟り神が抹殺者の存在を知ろう、とするのは事の成り行き、と思われる。「危険ではないでしょうか？」猿女はそう亜真野に問うた。 無論、亜真野も、その事は十分に認識している。「だが、遣るしか無いんだ」亜真野はそう、静かに述べた。注意グループの組織化は必ず進む筈だった。手をこまねいた侭、見て居ては、状況は更に悪化する。たとえ、自分等の存在が知れたとしても、止むを得ぬ事態にまで立ち至ったのである。島根に近付かぬように注意をすれば、あの殺人集団も、それほどの驚異とは成らないだろう。上手く立ち回れば、言代主が気付くまでの時間も稼げる筈だ。亜真野はそう考えていた。
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