厄介な敵.


	第六章　第三話　　　　　　　　　　厄介な敵

	中臣はここ数ヶ月、あの墳墓に関わる人間達を壱岐などを使って観察していた。そして、中臣の予測の通り、調査対象の多くの者が怨霊に捕らわれ、危険な状況へと陥ったのである。中臣はそれらの蓄積されたデーターをモルモットのデーターと付き合わせ、解析作業を続けて行った。そして、怨霊の性格と能力は解明されたかにも思われたのである。ところが、その後の調査で、調査対象者の内、心身共に健康に見える者、数名が頻繁に遠出し、あるいは旅行し、奇妙な動きをして居る事が判明した。壱岐は気に成るのでもう少し調べてみたい、と言う。「健康ならば、良いんじゃないのか？」と、中臣は少し迷ったが、壱岐の勘も気に掛かる。結局のところ、同意した。そして、調査が再開されると、彼等がある複数の人間を監視して居る事も分かったのである。隙を見ては念波を送り、生命までをも狙うのらしい。その後の調査で、かなりの犠牲者が在る事も分かったのである。言代主の意を受けた殺人をも犯す隠密集団、それが彼等の実態だった。だが、組織母体は何であろうか？何故、見知らぬ人間を狙うのだろう？そして、狙われた者達に、どの様な共通点が在るのだろうか？全てが謎に包まれていた。いずれにしても、今まで積み重ねて来た言代主についての研究成果は重大なる誤謬を内包している、と言わなくては為らない。中臣は大いに戸惑った。その頃、一方の亜真野も、建比良などの調査から同様の殺人集団を見出していた。だが、建比良に拠れば、殺人集団の分析は中臣の方でも遣って居る。そこで亜真野は調査の対象を狙われた者達に限定した。被害程度の軽微な者を第一グループ、重度の者を第二グループとし、更に調査を続けたのである。
		すると、奇妙な結果が現れた。第一グループの人数は第二グループの三分の一にも満た無いが、リベラリストが非常に多く、また、哲学する者、あるいは宗教修行者など、精神的知恵を求める者が非常に多い。一方、第二グループに転じると、悪徳政治家や背任行為の常習者、そして、似非宗教家など、精神の裏面に捕らわれた卑しき魂が非常に多く、一見すると、言代主は悪を懲らす怨霊だった。だが、そんな事など在り得ない。この裏にはもっと奥深い、何等かの理由が在りそうである。そこで亜真野は宗教修行者などを注意グループ、悪徳政治家などを似非グループ、どちらとも付かぬ者達はその他のグループ、として再分類した。すると、変死を遂げた多くの者が似非グループへと入って仕舞った。
	また、そのグループで生きながらえた多く者が殺人集団を構成したのである。その反面、注意グループでは、変死を遂げた者は僅かであった。同じ様に狙われながら、これらのグループの間には極端な違いが現れている。つまり、注意グループに属する者には、言代主の霊力を減じ得る何等かの力が推測された。そして、それは亜真野に取って、ゆゆしき問題でもあったのである。彼はかなり以前から、正常に見えるモルモットに対して、大きな疑念を持ち続けていた。本当にまともであるのなら、それは言代主への武器とも成るが、亜真野の敵とも成るからである。洗脳などは難しく、滅ぼす事も容易では無い。幸い、まともに見えるモルモットは今回の調査で、言代主による偽装である事が判明したが、注意グループは全く違った。亜真野の最も忌み嫌う自由な魂の所有者である。今、亜真野の危惧は現実として、彼の眼前に在るのであった。さて、そんなある日、中臣は報告書を小脇に携え、亜真野の部屋を訪れた。「ほう、所長自ら、お越しに成るとは、まあ、どうぞ」亜真野は歓迎の趣で中臣を迎える。だが、柔和な彼の仮面の下には、どんな顔が隠れて居るのか？中臣の抱く不信の念は日を追う毎に深まっていた。今回は、定時の報告書だけであるから、送り付けるだけで良いのだが、この所、亜真野には全く会っては居ない。気は進まぬが、ご機嫌窺いは必要だった。中臣は滲み出る嫌悪を押し隠し、勧められる儘に椅子へと座った。そして、書類を差し出すと、その概略を少し語った。が、亜真野は、「なるほど、殺人集団ですか、でも、信じ難いですな」と、素っ気ない。中臣は少しムッとはしたが、淡々と報告をし続けた。一方、亜真野はあくびを噛み殺しながら聞いていた。今回の中臣の報告は建比良のそれと大差は無く、分析も、亜真野以上には出ていない。「ふん、中臣先生も、この程度かねえ、何の為の所長だい？」意地悪そうにその目が光った。
	中臣が言った。「しかし、言代主の遣る事ですから、常識的な尺度では、とても判断はしかねます、秘密結社の存在も掴んでますし」そして、「此処なんですが」と、亜真野を覗くと、添付した表を机上に広げた。その表には、数百名の姓名がその住所、職業と共に記されて在る。右手の欄には、その趣味から思想的傾向に到るまで事細かに調べられ、整理をされて記されていた。亜真野が分類をした注意グループに相当している。中臣が言った。「ご覧の通り、彼等には、ある種、霊的な力が感じられます、あるいは　・　・　」が、何故だろう？中臣は其処まで言って、一瞬、黙った。
	実を言えば、中臣は権力志向の甚だしい亜真野の様な人間は言代主に対して、何等かの弱点を抱えて居るのでは無いのか、と、そんな具合に推測していた。現に、その様な人間が多数、命を失っている。だが、亜真野本人を前にして、その様な話はし兼ねたのである。中臣は其処を端折って話を始めた。「あるいは、個々人の持つ意識の違いが関係するのかも知れません、言代主の弱点も、その点を分析すれば、見出せる様に思うのですが」無論、亜真野もその様な違いについては考えていた。だが、余り同調をし過ぎると、熱心過ぎる中臣である。またぞろ、厄介な要求を持ち出して、掻き回さぬとも限ら無かった。注意グループに接近し、意気投合すらし兼ねぬのである。亜真野は尤もらしい理由を見付け、直接的接触を禁止した。丁度、その頃、建比良は注意グループを探る内、異様に強い霊力を持つ、数人のグループを見出していた。少なくとも三名は居るのらしい。しかも彼等は始終、連絡を取り合っていた。言代主の存在に気付いている節も窺える。あの殺人集団が攻撃を仕掛けぬ事も奇妙であった。建比良は一応の調査を纏め終えると、亜真野の元へと取って返した。だが、気分は重い。今度、持ち帰る情報は好ましいものとは言い難く、この所の亜真野は随分と機嫌も悪いのである。出来得れば、延期をしたいところであった。だが、仕事であるから致し方ない。建比良は恐る恐るとドアを叩いた。ドアを開けると、真正面のデスクの向こうに不機嫌そうな亜真野が見える。ふっとこちらを振り向くと、金縁の眼鏡を指で押し下げ、上目を使って彼を睨んだ。ぎらぎらとした眼が恐ろしい。建比良は思わず縮み上がった。と、何故だろう？亜真野がやおら笑顔を作る。「やあ、ご苦労だったね、で、どうだった？まあ、此処に座れよ」と、傍らの椅子を顎で示した。建比良は言われるままに腰を掛けると、亜真野の顔色を窺いながら、調査の顛末を語り始めた。
		亜真野の予測では、注意グループに属する霊能者は早晩、連絡を取り合って、組織化へと動く筈である。それが形と成る前に芽を摘む事が必要だった。だが、建比良の報告から判断すると、注意グループの連携は予想以上に進展している。「何故、こうも後手に回るのか！」報告書を読む亜真野の顔は見る間に険しく変わって行った。憎悪の念が辺りに放射し、真っ赤なオーラを形成している。亜真野の身体をすっぽり覆って、炎の様に揺らいで見えた。「我が師ながら、恐ろしい」建比良は異様な毒気に当てられて、思わず知らず額を押さえた。ほんの一時の沈黙が永遠の様にも思われる。建比良は貝の様に押し黙り、長い時間を耐えるのだった。
	と、亜真野が言った。「フーム、おまえには話して無かったが、これは新たな敵の中核らしい、この連中からは絶対に目を放さんように、分かったね？」だが、新たな敵とは果たして何か？建比良には余り飲み込め無かった。亜真野の毒気が頭脳を凍らせ、些細な思考すら儘ならぬ。彼は、「ハア？」と、問いを返した。と、亜真野の眼がギロリ、と光る。もどかしそうに声を荒げた。「エッ、分からんか？敵は言代主だけでは無い、と言う事だよ、非常に危険な連中なんだ」「あ、あの、言代主以外の？敵、ですか？」建比良は上目を使って、再び問うた。と、何故だろう？亜真野がニヤリ、と怪しく笑う。眼鏡を外し、机上に置くと諭すように静かに言った。「だからもう一つさ、言代主とも我々とも全く違う人種なんだよ、だが、危険性は怨霊以上のものかも知れん、共産主義など、比較にも無らん代物なのだ」そして、意地悪そうに再び笑うと、「何故だ、と思う？」と、彼を睨んだ。だが、建比良は頭が朦朧として、亜真野の声が遠くに響く。彼は「はあ？」と、返事を返した。亜真野が言った。「良いかね？良く聞くのだ、たとえ日本が共産国家に成ろうとも、神々の秩序は変わらない、骨の髄まで染み込んで空気の様に成ってるからな」「はあ」「だが、あの連中が力を持つと、その状況が壊れて仕舞う、分かるだろう？」「はあ、それは、もう　・　・　」「つまり、八百万の神々が、そして、日本人の魂が勝手放題をし始めるのだ、我々はその事を一番に警戒しなくては行け無い、政治体制の変更など物の数でも無いのだよ」建比良は朦朧とした意識の中で、呪文の様に聞いている。そして、ぶつぶつと喋り始めた。「神々の秩序は絶対です、それを破壊する者は許せません、葬り去って仕舞いましょう　・　・　」催眠術にでも掛かったような一種、異様な口調であった。
	だが、亜真野は諭す様に遮った。「まあ、そう焦るな、闇雲に動いては、こっちが危ない、今は奴等を監視して、様子を知る事が先決なのだ、頼りにしてるよ？」すると、建比良がニタリ、とはにかむ。小首を傾げてこう問うた。「でも、奴らを野放しにして、良いのでしょうか？」「ウン、其処だがな、あの連中は魂の自由、などと言う馬鹿げたものを信奉している、だから、怨念などとも相容れ無い、つまりだな、言代主が黙っては居ない、そうだろ？」「はい、確かに御っ者る通りです、現に奴らを付け狙って、抹殺しても居りますから」「だからさ、意図的に奴等を衝突させて力を消耗させるのだよ、戦いぶりを見て置けば奴等の弱点も見出せる」「なるほど」建比良が魅入られたように頷いた。
	亜真野は建比良を退室させると、猿女孝夫に電話を入れた。自宅へ来るよう、命じたのである。猿女はその夜、早速、亜真野の家を訪れた。猿女は防衛庁、公安部に勤務する亜真野のかつての教え子である。現在では、ＭＩＣ遂行の指揮を任されて居り、亜真野の右腕として活動していた。無論、防衛庁は何も知ら無い。猿女は秘密裏にその組織を利用していた。亜真野が言った。「猿女君、やはり私の勘は当たって居たよ、まだ組織、という程にも成っては居ないが、何等かの手は打たねば為らん」そして、机上の資料に目を遣ると、気怠そうに顎で示した。猿女が手に取り、ページを捲る。亜真野はその間、虚空を睨み、陰鬱な静けさが長く続いた。ページを捲る音がする。資料をたたむ音がした。猿女が言った。「なるほど、そうでしたか、しかし、難しいですね、で、何かお考えでも？」亜真野が言った。「うん、今すぐにでも何とかしたいが、無謀な事は避けねば為らん」「はい、もう少し、調査が必要でしょう」「うん、かと言って、放置も出来んしな、其処で考えたのだが、メンバーと成りそうな者を先に探して、霊能の目覚める前に抹殺をする、と言うのはどうだろう？外堀から埋める訳だがね」「はあ、ですが、それは言代主の方で遣ってくれるのでは無いのでしょうか？」「うん、建比良には、そう言って置いたが、それがそうも行かんのだ」今の所、言代主は地縛霊故の制約で、その祟りは島根の辺りに限られていた。その故に殺人集団を産み出して、日本全土へと放ったのである。だが、その連中も島根から遠く離れると、霊力は格段に弱まった。「なるほど、始末できるのは雑魚だけ、と言う事ですか」
		「うん、言代主の意図は分からんが、我々に取っては意味が無い」だが、猿女は少し首を捻った。亜真野の案は言代主の標的を先に抹殺をする計画である。言代主が抹殺者の存在を知ろう、とするのは事の成り行きと思われた。「危険ではないでしょうか？」猿女はそう亜真野に問うた。亜真野が言った。「うん、だが、遣るしか無いんだ」注意グループの組織化は必ず進む筈だった。手をこまねいた侭、見て居ては、状況は更に悪化する。たとえ、自分等の存在が知れたとしても、止むを得ぬ事態にまで立ち至ったのである。島根に近付かぬよう注意をすれば、あの殺人集団も、それほどの驚異とは成らぬだろう。上手く立ち回れば、時間も稼げる。亜真野はそう考えていた。



Cotosiro


	第六章　第三話　　　　　　　　　　厄介な敵

	中臣はここ数ヶ月、あの墳墓に関わる人間達を壱岐などを使って観察していた。そして、中臣の予測の通り、調査対象の多くの者が怨霊に捕らわれ、危険な状況へと陥ったのである。中臣はそれらの蓄積されたデーターをモルモットのデーターと付き合わせ、解析作業を続けて行った。そして、怨霊の性格と能力は解明されたかにも思われたのである。ところが、その後の調査で、調査対象者の内、心身共に健康に見える者、数名が頻繁に遠出し、あるいは旅行し、奇妙な動きをして居る事が判明した。壱岐は気に成るのでもう少し調べてみたい、と言う。「健康ならば、良いんじゃないのか？」と、中臣は少し迷ったが、壱岐の勘も気に掛かる。結局のところ、同意した。そして、調査が再開されると、彼等がある複数の人間を監視して居る事も分かったのである。隙を見ては念波を送り、生命までをも狙うのらしい。その後の調査で、かなりの犠牲者が在る事も分かったのである。言代主の意を受けた殺人をも犯す隠密集団、それが彼等の実態だった。だが、組織母体は何であろうか？何故、見知らぬ人間を狙うのだろう？そして、狙われた者達に、どの様な共通点が在るのだろうか？全てが謎に包まれていた。いずれにしても、今まで積み重ねて来た言代主についての研究成果は重大なる誤謬を内包している、と言わなくては為らない。中臣は大いに戸惑った。その頃、一方の亜真野も、建比良などの調査から同様の殺人集団を見出していた。だが、建比良に拠れば、殺人集団の分析は中臣の方でも遣って居る。そこで亜真野は調査の対象を狙われた者達に限定した。被害程度の軽微な者を第一グループ、重度の者を第二グループとし、更に調査を続けたのである。
		すると、奇妙な結果が現れた。第一グループの人数は第二グループの三分の一にも満た無いが、リベラリストが非常に多く、また、哲学する者、あるいは宗教修行者など、精神的知恵を求める者が非常に多い。一方、第二グループに転じると、悪徳政治家や背任行為の常習者、そして、似非宗教家など、精神の裏面に捕らわれた卑しき魂が非常に多く、一見すると、言代主は悪を懲らす怨霊だった。だが、そんな事など在り得ない。この裏にはもっと奥深い、何等かの理由が在りそうである。そこで亜真野は宗教修行者などを注意グループ、悪徳政治家などを似非グループ、どちらとも付かぬ者達はその他のグループ、として再分類した。すると、変死を遂げた多くの者が似非グループへと入って仕舞った。
	また、そのグループで生きながらえた多く者が殺人集団を構成したのである。その反面、注意グループでは、変死を遂げた者は僅かであった。同じ様に狙われながら、これらのグループの間には極端な違いが現れている。つまり、注意グループに属する者には、言代主の霊力を減じ得る何等かの力が推測された。そして、それは亜真野に取って、ゆゆしき問題でもあったのである。彼はかなり以前から、正常に見えるモルモットに対して、大きな疑念を持ち続けていた。本当にまともであるのなら、それは言代主への武器とも成るが、亜真野の敵とも成るからである。洗脳などは難しく、滅ぼす事も容易では無い。幸い、まともに見えるモルモットは今回の調査で、言代主による偽装である事が判明したが、注意グループは全く違った。亜真野の最も忌み嫌う自由な魂の所有者である。今、亜真野の危惧は現実として、彼の眼前に在るのであった。さて、そんなある日、中臣は報告書を小脇に携え、亜真野の部屋を訪れた。「ほう、所長自ら、お越しに成るとは、まあ、どうぞ」亜真野は歓迎の趣で中臣を迎える。だが、柔和な彼の仮面の下には、どんな顔が隠れて居るのか？中臣の抱く不信の念は日を追う毎に深まっていた。今回は、定時の報告書だけであるから、送り付けるだけで良いのだが、この所、亜真野には全く会っては居ない。気は進まぬが、ご機嫌窺いは必要だった。中臣は滲み出る嫌悪を押し隠し、勧められる儘に椅子へと座った。そして、書類を差し出すと、その概略を少し語った。が、亜真野は、「なるほど、殺人集団ですか、でも、信じ難いですな」と、素っ気ない。中臣は少しムッとはしたが、淡々と報告をし続けた。一方、亜真野はあくびを噛み殺しながら聞いていた。今回の中臣の報告は建比良のそれと大差は無く、分析も、亜真野以上には出ていない。「ふん、中臣先生も、この程度かねえ、何の為の所長だい？」意地悪そうにその目が光った。
	中臣が言った。「しかし、言代主の遣る事ですから、常識的な尺度では、とても判断はしかねます、秘密結社の存在も掴んでますし」そして、「此処なんですが」と、亜真野を覗くと、添付した表を机上に広げた。その表には、数百名の姓名がその住所、職業と共に記されて在る。右手の欄には、その趣味から思想的傾向に到るまで事細かに調べられ、整理をされて記されていた。亜真野が分類をした注意グループに相当している。中臣が言った。「ご覧の通り、彼等には、ある種、霊的な力が感じられます、あるいは　・　・　」が、何故だろう？中臣は其処まで言って、一瞬、黙った。
	実を言えば、中臣は権力志向の甚だしい亜真野の様な人間は言代主に対して、何等かの弱点を抱えて居るのでは無いのか、と、そんな具合に推測していた。現に、その様な人間が多数、命を失っている。だが、亜真野本人を前にして、その様な話はし兼ねたのである。中臣は其処を端折って話を始めた。「あるいは、個々人の持つ意識の違いが関係するのかも知れません、言代主の弱点も、その点を分析すれば、見出せる様に思うのですが」無論、亜真野もその様な違いについては考えていた。だが、余り同調をし過ぎると、熱心過ぎる中臣である。またぞろ、厄介な要求を持ち出して、掻き回さぬとも限ら無かった。注意グループに接近し、意気投合すらし兼ねぬのである。亜真野は尤もらしい理由を見付け、直接的接触を禁止した。丁度、その頃、建比良は注意グループを探る内、異様に強い霊力を持つ、数人のグループを見出していた。少なくとも三名は居るのらしい。しかも彼等は始終、連絡を取り合っていた。言代主の存在に気付いている節も窺える。あの殺人集団が攻撃を仕掛けぬ事も奇妙であった。建比良は一応の調査を纏め終えると、亜真野の元へと取って返した。だが、気分は重い。今度、持ち帰る情報は好ましいものとは言い難く、この所の亜真野は随分と機嫌も悪いのである。出来得れば、延期をしたいところであった。だが、仕事であるから致し方ない。建比良は恐る恐るとドアを叩いた。ドアを開けると、真正面のデスクの向こうに不機嫌そうな亜真野が見える。ふっとこちらを振り向くと、金縁の眼鏡を指で押し下げ、上目を使って彼を睨んだ。ぎらぎらとした眼が恐ろしい。建比良は思わず縮み上がった。と、何故だろう？亜真野がやおら笑顔を作る。「やあ、ご苦労だったね、で、どうだった？まあ、此処に座れよ」と、傍らの椅子を顎で示した。建比良は言われるままに腰を掛けると、亜真野の顔色を窺いながら、調査の顛末を語り始めた。
		亜真野の予測では、注意グループに属する霊能者は早晩、連絡を取り合って、組織化へと動く筈である。それが形と成る前に芽を摘む事が必要だった。だが、建比良の報告から判断すると、注意グループの連携は予想以上に進展している。「何故、こうも後手に回るのか！」報告書を読む亜真野の顔は見る間に険しく変わって行った。憎悪の念が辺りに放射し、真っ赤なオーラを形成している。亜真野の身体をすっぽり覆って、炎の様に揺らいで見えた。「我が師ながら、恐ろしい」建比良は異様な毒気に当てられて、思わず知らず額を押さえた。ほんの一時の沈黙が永遠の様にも思われる。建比良は貝の様に押し黙り、長い時間を耐えるのだった。
	と、亜真野が言った。「フーム、おまえには話して無かったが、これは新たな敵の中核らしい、この連中からは絶対に目を放さんように、分かったね？」だが、新たな敵とは果たして何か？建比良には余り飲み込め無かった。亜真野の毒気が頭脳を凍らせ、些細な思考すら儘ならぬ。彼は、「ハア？」と、問いを返した。と、亜真野の眼がギロリ、と光る。もどかしそうに声を荒げた。「エッ、分からんか？敵は言代主だけでは無い、と言う事だよ、非常に危険な連中なんだ」「あ、あの、言代主以外の？敵、ですか？」建比良は上目を使って、再び問うた。と、何故だろう？亜真野がニヤリ、と怪しく笑う。眼鏡を外し、机上に置くと諭すように静かに言った。「だからもう一つさ、言代主とも我々とも全く違う人種なんだよ、だが、危険性は怨霊以上のものかも知れん、共産主義など、比較にも無らん代物なのだ」そして、意地悪そうに再び笑うと、「何故だ、と思う？」と、彼を睨んだ。だが、建比良は頭が朦朧として、亜真野の声が遠くに響く。彼は「はあ？」と、返事を返した。亜真野が言った。「良いかね？良く聞くのだ、たとえ日本が共産国家に成ろうとも、神々の秩序は変わらない、骨の髄まで染み込んで空気の様に成ってるからな」「はあ」「だが、あの連中が力を持つと、その状況が壊れて仕舞う、分かるだろう？」「はあ、それは、もう　・　・　」「つまり、八百万の神々が、そして、日本人の魂が勝手放題をし始めるのだ、我々はその事を一番に警戒しなくては行け無い、政治体制の変更など物の数でも無いのだよ」建比良は朦朧とした意識の中で、呪文の様に聞いている。そして、ぶつぶつと喋り始めた。「神々の秩序は絶対です、それを破壊する者は許せません、葬り去って仕舞いましょう　・　・　」催眠術にでも掛かったような一種、異様な口調であった。
	だが、亜真野は諭す様に遮った。「まあ、そう焦るな、闇雲に動いては、こっちが危ない、今は奴等を監視して、様子を知る事が先決なのだ、頼りにしてるよ？」すると、建比良がニタリ、とはにかむ。小首を傾げてこう問うた。「でも、奴らを野放しにして、良いのでしょうか？」「ウン、其処だがな、あの連中は魂の自由、などと言う馬鹿げたものを信奉している、だから、怨念などとも相容れ無い、つまりだな、言代主が黙っては居ない、そうだろ？」「はい、確かに御っ者る通りです、現に奴らを付け狙って、抹殺しても居りますから」「だからさ、意図的に奴等を衝突させて力を消耗させるのだよ、戦いぶりを見て置けば奴等の弱点も見出せる」「なるほど」建比良が魅入られたように頷いた。
	亜真野は建比良を退室させると、猿女孝夫に電話を入れた。自宅へ来るよう、命じたのである。猿女はその夜、早速、亜真野の家を訪れた。猿女は防衛庁、公安部に勤務する亜真野のかつての教え子である。現在では、ＭＩＣ遂行の指揮を任されて居り、亜真野の右腕として活動していた。無論、防衛庁は何も知ら無い。猿女は秘密裏にその組織を利用していた。亜真野が言った。「猿女君、やはり私の勘は当たって居たよ、まだ組織、という程にも成っては居ないが、何等かの手は打たねば為らん」そして、机上の資料に目を遣ると、気怠そうに顎で示した。猿女が手に取り、ページを捲る。亜真野はその間、虚空を睨み、陰鬱な静けさが長く続いた。ページを捲る音がする。資料をたたむ音がした。猿女が言った。「なるほど、そうでしたか、しかし、難しいですね、で、何かお考えでも？」亜真野が言った。「うん、今すぐにでも何とかしたいが、無謀な事は避けねば為らん」「はい、もう少し、調査が必要でしょう」「うん、かと言って、放置も出来んしな、其処で考えたのだが、メンバーと成りそうな者を先に探して、霊能の目覚める前に抹殺をする、と言うのはどうだろう？外堀から埋める訳だがね」「はあ、ですが、それは言代主の方で遣ってくれるのでは無いのでしょうか？」「うん、建比良には、そう言って置いたが、それがそうも行かんのだ」今の所、言代主は地縛霊故の制約で、その祟りは島根の辺りに限られていた。その故に殺人集団を産み出して、日本全土へと放ったのである。だが、その連中も島根から遠く離れると、霊力は格段に弱まった。「なるほど、始末できるのは雑魚だけ、と言う事ですか」
		「うん、言代主の意図は分からんが、我々に取っては意味が無い」だが、猿女は少し首を捻った。亜真野の案は言代主の標的を先に抹殺をする計画である。言代主が抹殺者の存在を知ろう、とするのは事の成り行きと思われた。「危険ではないでしょうか？」猿女はそう亜真野に問うた。亜真野が言った。「うん、だが、遣るしか無いんだ」注意グループの組織化は必ず進む筈だった。手をこまねいた侭、見て居ては、状況は更に悪化する。たとえ、自分等の存在が知れたとしても、止むを得ぬ事態にまで立ち至ったのである。島根に近付かぬよう注意をすれば、あの殺人集団も、それほどの驚異とは成らぬだろう。上手く立ち回れば、時間も稼げる。亜真野はそう考えていた。



Cotosiro