怪しい墳墓.


第一章　第二話
	怪しい墳墓


	三年ほど前、島根の千酌の近辺で、奇妙な墳丘が発見された。聞くところに拠ると、言代主命の墳墓だ、と言う。だが、円墳としてはかなり異常で、むしろ円錐形により近く、夢のピラミッドはその印象によるものと思われた。この墳墓は発見された当初から、異常な注目を浴び続けていた。墳墓の特異性もさる事ながら、言代主なる人物の実在を墳墓が示唆したからだった。もし、その推測が当たって居るなら、知られざる古代の真実が解き明かされぬ、とも言い切れぬ、それほどの大きな発見である。学者達の熱狂は凄まじかった。言代主命は美保神社に祭られる言魂を操る神である。そして、その神社は島根の美保関に鎮座していた。ところで、記紀（古事記、日本書紀）によれば、言代主命（コトシロヌシノミコト）は、須佐之男命（スサノオノミコト）、大国主命、と続く出雲系の国津神、とされている。だが、出雲系の古墳など、どの文献を見ても記載は無かった。この事が古代の秘密を匂わせたのである。記紀によれば、大国主命は天津神である天照大御神（アマテラスオオミカミ）に国を譲るよう迫られていた。芦原中津国、つまり、畿内とその周辺の支配権を譲り渡せ、という要求である。（一般的には、芦原中津国と畿内とは別の次元の話とされ、同一視はされては居ない、だが、実質的には同じ地域である、その事はこの物語の進行と共に明らかに成るものと考える。）当然、大国主命はその要求を拒んだが、その頑張りも、そう長くは続か無かった。天照大御神の側近、建御雷神（タケミカヅチノカミ）が派遣されるに及んで、抵抗の術を失ったのである。大国主命は明け渡す条件を探り始めた。だが、彼には意見を聞くべき、二人の子が在った。言代主命と建御名方命（タケミナカタノミコト）である。彼は二人を呼び寄せて、国譲りの方針を示すのだった。だが、建御名方命はそれを認めず、天津神と戦った。そして、然したる抵抗も出来ぬ侭、建御雷神の軍門へと下ったのである。既にもう一方の子、言代主命は逸早く国譲りを承諾している。そして、何故かは知らぬが、自らの命を絶って仕舞った。記紀に従えば、隠り身の神と成って、姿を隠した。船を漕ぎ出し、その船もろとも海の藻屑と消えたのだった。
		「だが、言代主命は何故、自殺したのか？」記紀の記した隠り身の神と成るまでの経緯が極めて不自然に思われる。其処には何等かの秘密が在りそうだった。そして、墳墓が見付かったのも丁度、そんな時だった。古代の秘密を解く鍵も、おそらくは其処に隠されている。影浦は墳墓から出土する資料などを、旧来の文献などと照合し、隠された秘密を探るのだった。影浦は二年ほど前、千酌に出向き、一度ではあるが、墳墓を見て居る。だが、何故、それが夢に現れ、男の話と繋がったのか？影浦は不可解な不安に苛まれつつ、合理的な解釈を模索した。そして、心理学的な解釈は一応、見付けた。
	言代主命の悲劇に彩られた印象が秘めたる怨念を予感させ、それが心の奥底で、あの男の恐ろしげな話と共振をした。此の所の不安感が触媒の働きでもしたのだろう。それが夢と成って現れた。彼はそう推理をした。だが、気分はそうは想ってくれ無い。此の所の不安感は大きな災いの予感なのでは無いのか？そして、あの夢もあの男が現れたのも、その事に関わりが在るのでは無いのか？言代主命が怨霊と化し、祟りを始める、前触れであるのに違い無い。その様な妄想が自然と湧いて、彼を不安にさせるのだった。だが、とてもまともとは思え無い。「ただの夢だよ、馬鹿馬鹿しい！」影浦は無理矢理、妄想を押し込めた。影浦は翌日、何の気無しに家を出た。夢の事が頭を離れず、電話の男も気に掛かる。ボンボンへなど出向くつもりも無かったが、ジッ、としても居られぬのである。「本でも買おうか　・　・　」影浦はそんな気分で街へと向かった。折しも夏の真っ盛りである。カラフルな札幌の街並みが溢れる陽光を反射していた。天を仰ぐと、紺碧の空、歩く内、憂鬱な気分は何時しかほぐれた。だが、本屋の帰り、足は家へは向かって居ない。気が付くと、ボンボンへの道をひた歩いていた。通い慣れた道なので、分からぬ事も無いのだが、今回ばかりは事情が違う。其処には、あの忌まわしい男が待っているのである。言いなりに成って出向くのは如何にしても爵だった。だが、少し気に成る。「まあ、ついでに、どんな奴なのか、見て置こうか、その方がスッキリとするのかも知れない」時計を見ると、五時までには後、五分くらい。ボンボンは既に歩いて十分ほどの所に在った。「五分の遅刻か、丁度、良いな　・　・　」彼は足を急がせた。
	ボンボンは時計台の裏手に在った。古色蒼然としたテナントビルの一階に店を出している。外壁や内装には、渋い色彩の煉瓦が使われ、落ち着いた感じの造りであった。「もう、来ているのだろうか？」影浦はそっとドアを開け、中を覗いた。だが、それらしき男は見当たらぬ。勤め人らしいのが五、六人、暇そうに新聞などを眺め見ていた。腕の時計に目を遣ると、針は既に五時から四分ほども経過をしている。「呼び出して置きながら遅れるとは！」影浦は思いも掛けずに興奮していた。と、見慣れた何時もの店員が、「いらっしゃいませ　・　・　」と、彼を迎える。影浦は一瞬、逡巡したが、釣られるように中へと入った。
	多少、気分は後込みするが、此処まで来ては致し方ない。アメリカンを注文し、空いた席に腰を降ろした。影浦は男の現れぬ事を期待していた。それならば、ただの悪戯として切り捨てられる。最前に買った本を取り出すと、読むとも無しにページを捲った。だが、頭の中は男の事で一杯である。視線はしばしば本から外れ、入り口のドアへと向けられた。「ただの阿呆なら、それで良い、だが、万一、悪意が在るのなら、化けの皮を剥ぐまでだ！」影浦はそんな具合に強がった。だが、男は一向に現れぬ。影浦が席に着いてから、ほぼ十分ほどが経過をしていた。ふと見ると、おそらくは会社へでも帰るのだろう。勤め人らしい男等が三々五々と、店を出て行く。彼は一人、取り残された。「馬鹿馬鹿しい、もう帰ろうか？」影浦はぶつっ、と呟き、腰を浮かせた。と、視線の先に、出て行く客とすれ違う一人の男が現れる。影浦は浮かせた腰を再び下ろした。年の頃は三十半ばか、右手には古びたバッグを携えている。どうやら、あの男とは思われた。だが、見たところ、電話の印象とは随分、違う。身長は百七十センチほど、目付きは鋭く、やせぎすで、その風貌は刃物の様に鋭く見えた。だが、悪人面では決して無く、むしろ好青年の印象である。影浦は複雑な想いで男を眺めた。と、男がスッ、と振り向いた。どうやら、影浦に気付いたらしい。どちらとも無く、会釈を交わした。男がつかつかっと、こちらへ歩む。
		「影浦さんですね？」彼はそうひと声、掛けると、返事も待たずに向かいに座った。「何なんだ？この男は」座るなら、了解くらいは求めて欲しい。影浦は引きつる顔を叱咤して、笑いながら問い掛けた。「さてと、それでは話でも伺いましょうか、電話では随分と脅されましたが　・　・　」少し刺激的な言い方だったが、言って仕舞ったものはしょうが無い。影浦はチラッ、と男を一瞥すると、男の反応を窺った。と、男が一瞬、顔を歪める。「あっ、済みません、いきなり、座り込んで仕舞いまして、昨日から一睡もして居ないものですから」「馬鹿！俺だって、そうだよ、おまえの所為だろ！」影浦は心の底で呟いた。




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第一章　第二話
	怪しい墳墓


	三年ほど前、島根の千酌の近辺で、奇妙な墳丘が発見された。聞くところに拠ると、言代主命の墳墓だ、と言う。だが、円墳としてはかなり異常で、むしろ円錐形により近く、夢のピラミッドはその印象によるものと思われた。この墳墓は発見された当初から、異常な注目を浴び続けていた。墳墓の特異性もさる事ながら、言代主なる人物の実在を墳墓が示唆したからだった。もし、その推測が当たって居るなら、知られざる古代の真実が解き明かされぬ、とも言い切れぬ、それほどの大きな発見である。学者達の熱狂は凄まじかった。言代主命は美保神社に祭られる言魂を操る神である。そして、その神社は島根の美保関に鎮座していた。ところで、記紀（古事記、日本書紀）によれば、言代主命（コトシロヌシノミコト）は、須佐之男命（スサノオノミコト）、大国主命、と続く出雲系の国津神、とされている。だが、出雲系の古墳など、どの文献を見ても記載は無かった。この事が古代の秘密を匂わせたのである。記紀によれば、大国主命は天津神である天照大御神（アマテラスオオミカミ）に国を譲るよう迫られていた。芦原中津国、つまり、畿内とその周辺の支配権を譲り渡せ、という要求である。（一般的には、芦原中津国と畿内とは別の次元の話とされ、同一視はされては居ない、だが、実質的には同じ地域である、その事はこの物語の進行と共に明らかに成るものと考える。）当然、大国主命はその要求を拒んだが、その頑張りも、そう長くは続か無かった。天照大御神の側近、建御雷神（タケミカヅチノカミ）が派遣されるに及んで、抵抗の術を失ったのである。大国主命は明け渡す条件を探り始めた。だが、彼には意見を聞くべき、二人の子が在った。言代主命と建御名方命（タケミナカタノミコト）である。彼は二人を呼び寄せて、国譲りの方針を示すのだった。だが、建御名方命はそれを認めず、天津神と戦った。そして、然したる抵抗も出来ぬ侭、建御雷神の軍門へと下ったのである。既にもう一方の子、言代主命は逸早く国譲りを承諾している。そして、何故かは知らぬが、自らの命を絶って仕舞った。記紀に従えば、隠り身の神と成って、姿を隠した。船を漕ぎ出し、その船もろとも海の藻屑と消えたのだった。
		「だが、言代主命は何故、自殺したのか？」記紀の記した隠り身の神と成るまでの経緯が極めて不自然に思われる。其処には何等かの秘密が在りそうだった。そして、墳墓が見付かったのも丁度、そんな時だった。古代の秘密を解く鍵も、おそらくは其処に隠されている。影浦は墳墓から出土する資料などを、旧来の文献などと照合し、隠された秘密を探るのだった。影浦は二年ほど前、千酌に出向き、一度ではあるが、墳墓を見て居る。だが、何故、それが夢に現れ、男の話と繋がったのか？影浦は不可解な不安に苛まれつつ、合理的な解釈を模索した。そして、心理学的な解釈は一応、見付けた。
	言代主命の悲劇に彩られた印象が秘めたる怨念を予感させ、それが心の奥底で、あの男の恐ろしげな話と共振をした。此の所の不安感が触媒の働きでもしたのだろう。それが夢と成って現れた。彼はそう推理をした。だが、気分はそうは想ってくれ無い。此の所の不安感は大きな災いの予感なのでは無いのか？そして、あの夢もあの男が現れたのも、その事に関わりが在るのでは無いのか？言代主命が怨霊と化し、祟りを始める、前触れであるのに違い無い。その様な妄想が自然と湧いて、彼を不安にさせるのだった。だが、とてもまともとは思え無い。「ただの夢だよ、馬鹿馬鹿しい！」影浦は無理矢理、妄想を押し込めた。影浦は翌日、何の気無しに家を出た。夢の事が頭を離れず、電話の男も気に掛かる。ボンボンへなど出向くつもりも無かったが、ジッ、としても居られぬのである。「本でも買おうか　・　・　」影浦はそんな気分で街へと向かった。折しも夏の真っ盛りである。カラフルな札幌の街並みが溢れる陽光を反射していた。天を仰ぐと、紺碧の空、歩く内、憂鬱な気分は何時しかほぐれた。だが、本屋の帰り、足は家へは向かって居ない。気が付くと、ボンボンへの道をひた歩いていた。通い慣れた道なので、分からぬ事も無いのだが、今回ばかりは事情が違う。其処には、あの忌まわしい男が待っているのである。言いなりに成って出向くのは如何にしても爵だった。だが、少し気に成る。「まあ、ついでに、どんな奴なのか、見て置こうか、その方がスッキリとするのかも知れない」時計を見ると、五時までには後、五分くらい。ボンボンは既に歩いて十分ほどの所に在った。「五分の遅刻か、丁度、良いな　・　・　」彼は足を急がせた。
	ボンボンは時計台の裏手に在った。古色蒼然としたテナントビルの一階に店を出している。外壁や内装には、渋い色彩の煉瓦が使われ、落ち着いた感じの造りであった。「もう、来ているのだろうか？」影浦はそっとドアを開け、中を覗いた。だが、それらしき男は見当たらぬ。勤め人らしいのが五、六人、暇そうに新聞などを眺め見ていた。腕の時計に目を遣ると、針は既に五時から四分ほども経過をしている。「呼び出して置きながら遅れるとは！」影浦は思いも掛けずに興奮していた。と、見慣れた何時もの店員が、「いらっしゃいませ　・　・　」と、彼を迎える。影浦は一瞬、逡巡したが、釣られるように中へと入った。
	多少、気分は後込みするが、此処まで来ては致し方ない。アメリカンを注文し、空いた席に腰を降ろした。影浦は男の現れぬ事を期待していた。それならば、ただの悪戯として切り捨てられる。最前に買った本を取り出すと、読むとも無しにページを捲った。だが、頭の中は男の事で一杯である。視線はしばしば本から外れ、入り口のドアへと向けられた。「ただの阿呆なら、それで良い、だが、万一、悪意が在るのなら、化けの皮を剥ぐまでだ！」影浦はそんな具合に強がった。だが、男は一向に現れぬ。影浦が席に着いてから、ほぼ十分ほどが経過をしていた。ふと見ると、おそらくは会社へでも帰るのだろう。勤め人らしい男等が三々五々と、店を出て行く。彼は一人、取り残された。「馬鹿馬鹿しい、もう帰ろうか？」影浦はぶつっ、と呟き、腰を浮かせた。と、視線の先に、出て行く客とすれ違う一人の男が現れる。影浦は浮かせた腰を再び下ろした。年の頃は三十半ばか、右手には古びたバッグを携えている。どうやら、あの男とは思われた。だが、見たところ、電話の印象とは随分、違う。身長は百七十センチほど、目付きは鋭く、やせぎすで、その風貌は刃物の様に鋭く見えた。だが、悪人面では決して無く、むしろ好青年の印象である。影浦は複雑な想いで男を眺めた。と、男がスッ、と振り向いた。どうやら、影浦に気付いたらしい。どちらとも無く、会釈を交わした。男がつかつかっと、こちらへ歩む。
		「影浦さんですね？」彼はそうひと声、掛けると、返事も待たずに向かいに座った。「何なんだ？この男は」座るなら、了解くらいは求めて欲しい。影浦は引きつる顔を叱咤して、笑いながら問い掛けた。「さてと、それでは話でも伺いましょうか、電話では随分と脅されましたが　・　・　」少し刺激的な言い方だったが、言って仕舞ったものはしょうが無い。影浦はチラッ、と男を一瞥すると、男の反応を窺った。と、男が一瞬、顔を歪める。「あっ、済みません、いきなり、座り込んで仕舞いまして、昨日から一睡もして居ないものですから」「馬鹿！俺だって、そうだよ、おまえの所為だろ！」影浦は心の底で呟いた。




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