神々の変質.


第十二章　第二話
	神々の変質

	宮城が広島から戻った数日後、影浦は主だったメンバーと連絡を取り、宮城の道場へと呼び寄せた。神殿の謎の一端が幾分、分かったからである。確信は未だ持て無かったが、この所の手詰まりな状況で、メンバーの焦りも募って来て居る。その意味からも、何等かの進展は必要だった。実は二ヶ月ほど前、能登で大量の銅矛が発見された。輪島郊外の崖下に整然と並べられ、埋められていたのである。何かを祭った名残、とも思われたのだが、学者達は首を捻った。その本数が異常に多い。未だ発掘中の事でもあり、確かな事は分からぬが、千本は下らぬだろう、と想像をされたのである。だが、奇妙な事に釜跡や住居跡など生活の痕跡などは見当たらぬ、と言う。埋められた当時、其処は人里離れた辺鄙な場所だった、とも推測された。だが、何故、そんな所に大量の銅矛を埋めたのだろう？それが大きな謎だった。しかしながら、影浦は日本書紀の中にたまたま、その謎を解く鍵と思われる記述を見出した。そして、その記述は以前に述べた能登の不逞の輩とも関係しており、あの神殿の謎にも関係をするらしい事が分かったのである。日本書紀には、その一書として、静岡の御穂神社に関する、ひとつの神話が記されて居る。その記事によれば、神々の基のひとつである高皇産霊神（タカミムスビノカミ）がある計画を建て、御大津姫命を大物主命に娶せた。そして、この二つの神に、地に降りて、八百万の神々（国津神の事であろう）を治めるよう命を発した、と言うのである。その目的は国土の隆昌（大和の治世に於いてである、と考えられる）の保全であった。其処でこの二つの神は命に従い、その地に降り来たった、と言う話であった。だが、別天津神である高皇産霊神は天尊族、つまり、大和の至上神とも言われている。この記事を素直に読めば、出雲族の神、つまり、国津神である大物主命と御大津姫命とは天尊族の為に働いた事に成り、実に不自然な記事と思える。
		大物主命に命ずるならば、出雲族の至上神と言われる神産霊神（カンムスビノカミ）が為すべきではないのか？影浦はそう考えた。高皇産霊神が命じた、とするこの記事には、何等かの作意が在りそうである。そこで影浦は神産霊神が命じた、とされて居たのを、大和の支配が強固となる過程で、高皇産霊神の話へと、すり替えられたのでは無いのか、と考えた。いや、高皇産霊神は神産霊神と同様に、出雲系の神だった事すら考えられる。初めは、高皇産霊神を大和の側に奪い取り、その後、その神話までをも奪う為、この様なすり替えが策謀された。そう考えるのが妥当であった。
	そして、その根拠と成るのが神産霊神と高皇産霊神の極めて興味深い関係だった。この二つの別天津神は共に、自然の発生原因と成る生成神、と言われている。言い換えると、神々を此の世に発生せしむる、そのような権能を持つ神々であった。古代人に取って、自然はまさしく霊としての神々が体現をした姿であって、神々そのもの、と言っても良い。つまり、別天津の神々はその様な古代人の意識から論理的帰結として見出された原理的な神々として理解が出来た。ただ、この二つの別天津神はキリスト教などに見られる、全知全能である創造神とは全く異なり、あくまでも、それは神の国に座す神々をこの現世に発生せしむる、そのような権能しか持ち得ぬのである。従って、他の事で他の神に勝るものでも無く、その意味に於いては他の神々と同列である、とも考えられた。また、その事に関して注目すべきは、全ての万の神々は神々の国に於いては永遠不変である、という当時の思想的な傾向だった。言い換えると、神々の国にいます神々は動く事も感ずる事も出来ず、ただ存在をする存在である、という事である。神々の世界には時空が無いので、少なくとも論理的には、その様な結論が導き出された。故に、神々は別天津神によって、此の世に送られ、初めて自らの想念に従い、活動する事が出来るのだった。そして、好むと好まざるとに関わらず、試練に出会った。その故に彼等自身が時空の中で様々な変貌を遂げたのである。旧来の解釈に拠れば、「カンムスビ」と「タカミムスビ」はそれぞれ、「カン・ムスヒ」、「タカミ・ムスヒ」であり、「カン」や「タカミ」は単なる美称である、とされている。また、「ムス」とは発生の意味を持ち、「ビ」は「ヒ」の訛ったもので、「霊」の意味を表す、と言う。
	つまり、「ムスヒ」は此の世での霊の体現を表していた。しかしながら、影浦はこのような説に疑問を持った。第一に、「カン」や「タカミ」を単なる美称として、全く意味を問わぬのは極めて不思議な事である。意味の無い言葉などあり得ない。おそらくは意味を忘れただけなのだった。ならば、「カン」や「タカミ」は極めて古い時代に使われた言葉であるように思われる。つまり、それらの神々の名前は縄文語で出来ている可能性が極めて高い。そこで、影浦は縄文語に近いと思われるアイヌ語で、その解読を試みた。すると、それは思いの外、上手く填ったのである。
	その解読によれば、神産霊は元来、「カムイ・ムンヌンシ」であった。無論、「カムイ」は神を意味している。また、「ムンヌンシ」は植物などが群生をする光景を表現しているので、この神の名は元来、植物が群生するかのように、この世界に多くの神々を出産する、と言う語句から発展したもの、と思われた。つまり、「カムイ・ムンヌンシ」は現象の起源を表現していた。古代人にとって、自然はまさに神々そのものであったからである。また、同様の論理を高皇産霊に適用するなら、それは元来「タク・カムイ・ムンヌンシ」であった。「タク」は一般的に「言葉によって何かを招く」と言う意味を持つので、この神の名は神産霊をこの世界に招く、あるいは、神産霊の能力を引き出す事を意味する様に思われる。この事は「言代主」の称号とも相通じ、興味を引かれた。つまり、高皇産霊と神産霊とはやはり出雲系の神である可能性が高いのである。影浦はこの観点から、カンムスヒが生成の源、あるいは場とすれば、タカミムスヒはそれを触発し、発現させる神なのでは無いのか、と考えた。つまり、この二つの神はセットで無ければ、意味を為さぬ神なのである。（この事は素粒子論の観測者と対象物の関係とも重なる）ならば、この二つの神が別々の勢力、つまり、出雲と大和とに分かたれて祭られるのは極めて奇妙な話であった。高皇産霊神の意味合いが言代主命に通じて見える事からも、出雲の神であった、としか考えられない。おそらく、大和は何時からか、出雲系の至上神、高皇産霊神を自らの神として祭ったのだろう。そして、あの一書に於いて、神産霊神とのすり替えが画策された。神話を奪う為である。出雲神話の多くの部分がこうして大和に奪い取られた。ならば、この神話は元来、如何なる内容であったのだろう？影浦の結論はこうだった。御大津姫命は言代主の祭る神であり、大物主命は多穴牟遅、すなわち、後の大国主の祭る神である。つまり、これらの神々の婚姻は実は、言代主の一族と大国主の一族の同盟に関わる記事なのだった。
		当時、畿内は各部族が乱立し、様々な利害を巡って、混乱していた。其処に、大国主の神祖たる須佐之男が現れ、言代主の一族に力を貸した。そして、八俣の大蛇の伝承にも見えるように、八百万の神々（各部族）は抑えられ、その混乱はようやく収拾をされたのである。従って、この様な事情を考えた時、大国主と言代主の各部族が長く同盟関係に在った事は想像するに難くは無かった。あの一書の記事はやはり出雲の神話であったのだろう。それが後年、大和によって先のように変質をさせられたのである。
	大国主はこの同盟に当たって、他部族の神々を尊重し、神々の優劣、秩序などには、余りこだわりを抱かなかった。そして、その事が精神的な自由を保障して、彼等の部族連合を心地の良いものともさせたのである。だが、大和はそうはし無かった。この一書からも窺えるように、徐々に神々を変質させて、ヒエラルキーを築いたのである。そして、その固定化をも謀って行った。神々はその神性を歪められ、その実現を阻まれたのである。また、その故に、祟りの神々へと変わり始めた。無論、それらの怨念は全てが大和へと向けられている。大和は祟りを大いに恐れ、それぞれの神社を建立し、祭る事とも成るのであった。能登に追われた言代主の一族はおそらくこの事を知っていた。輪島で見付かった銅矛はその為に作られたのに違い無い。祟りの神々を呼び覚ます、呪いの祭器に間違い無かった。だが、実際には神々の蜂起は起こら無かった。万策尽きての、最後の策だったからに他ならない。祭事を行う暇も無しに、敗れ去ったのに違い無かった。だが、銅矛だけは生き延びたのである。辛うじて生き残った残党が来るべき時を念じつつ、其処に埋めたのに違い無かった。南方美穂はおそらくその事を知っている。輪島で見付かった銅矛を盗み、全ての祟りの神々を呼び覚まそう、としているのだろう。碁石が峰での奇妙な作業はその事に関わるのに違いなかった。と、坂崎が首を捻った。「でも、あの銅矛と神殿での作業に関係など在るでしょうか？穿ち過ぎのように思うんですが」だが、影浦には、相当の自信があった。「いや、関係はあると思う、けど、道具の発掘なのか、洞穴そのものが必要なのか？其処がちょっと問題なんだ」彼はそう述べると、自分の推理を語り始めた。もしも、それが道具であるなら、銅矛、あるいは銅鐸などの祭器の類と思われた。だが、神殿での作業規模を考えるなら、その可能性は極めて低い。ならば、やはり洞穴そのものに何等かの意味が在るのだろうか？つまり、黄泉へと通じるトンネルである。
	だが、根の国は天尊族の神話であって、出雲族のものとは言い難い。出雲族に取っては、自分達の現実世界と神々の座す霊的世界、その二つの世界しか在り得なかった。つまり、我々の現実世界は全てが神々の現象化であり、宇宙は神々から成り立っていた。そして、物質ならば壊れた時、生き物ならば死んだ時、それはあくまでも神として、神々の世界へと戻るのである。ただし、此の世に未練を残し、あるいは、恨みを抱き、肉体を離脱した魂は別であった。神の国へは帰らずに彼は此の世へと留まったのである。つまり、自然界は祟り神、幽霊の住処でも在るのであった。だが、それは根の国などでは有り得ない。それとも、彼等は大和との接触で世界観をも変えたのだろうか？いずれにしても、碁石が峰の洞穴には祟り神の蘇生に関する重要な何かが隠されていた。
	と、坂崎が言った。「なら、使え無くすれば解決ですよ、爆破でもすれば　・　・　どうです？少しばかり乱暴ですが、難しい事ではありません」だが、宮城と押知は首を捻った。余り好ましくは無い、と言う。「何故です？」坂崎が怪訝な顔でそう問うた。宮城が言った。「うん、それは非常手段だ、と思うんだ、それで、言代主が消える訳じゃあ無いからね」言代主の怨念を封じる為には祈言宗を知らねば為らない。だが、洞穴の爆破はその秘密を埋もれさせる危険が在った。第一、爆破などとは穏やかでは無い。影浦も反対の意思を表した。が、坂崎は言う。「でも、祟り神が呼び出されて仕舞えば、謎解きどころでは在りません、危険過ぎます」確かにそれも一理、在る。だが、乱暴な事はしたくは無いし、洞穴は言代主の怨念を封じる得る唯一の手掛かり、とも思われるのである。壊して仕舞うのは如何にも不味い。影浦は少し考えた。洞穴で行われる儀式には、おそらく輪島の銅矛が欠かせぬだろう。だが、それは今、彼等の手元に在るのでは無く、製造なども困難だろう。形は似せても、魂を込める事は難しい。やはり、奪い取るしか無さそうである。為すべきは銅矛を奪われぬよう、監視を続ける事ではないのか？洞穴の破壊は奪われてからでも遅くは無かった。



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第十二章　第二話
	神々の変質

	宮城が広島から戻った数日後、影浦は主だったメンバーと連絡を取り、宮城の道場へと呼び寄せた。神殿の謎の一端が幾分、分かったからである。確信は未だ持て無かったが、この所の手詰まりな状況で、メンバーの焦りも募って来て居る。その意味からも、何等かの進展は必要だった。実は二ヶ月ほど前、能登で大量の銅矛が発見された。輪島郊外の崖下に整然と並べられ、埋められていたのである。何かを祭った名残、とも思われたのだが、学者達は首を捻った。その本数が異常に多い。未だ発掘中の事でもあり、確かな事は分からぬが、千本は下らぬだろう、と想像をされたのである。だが、奇妙な事に釜跡や住居跡など生活の痕跡などは見当たらぬ、と言う。埋められた当時、其処は人里離れた辺鄙な場所だった、とも推測された。だが、何故、そんな所に大量の銅矛を埋めたのだろう？それが大きな謎だった。しかしながら、影浦は日本書紀の中にたまたま、その謎を解く鍵と思われる記述を見出した。そして、その記述は以前に述べた能登の不逞の輩とも関係しており、あの神殿の謎にも関係をするらしい事が分かったのである。日本書紀には、その一書として、静岡の御穂神社に関する、ひとつの神話が記されて居る。その記事によれば、神々の基のひとつである高皇産霊神（タカミムスビノカミ）がある計画を建て、御大津姫命を大物主命に娶せた。そして、この二つの神に、地に降りて、八百万の神々（国津神の事であろう）を治めるよう命を発した、と言うのである。その目的は国土の隆昌（大和の治世に於いてである、と考えられる）の保全であった。其処でこの二つの神は命に従い、その地に降り来たった、と言う話であった。だが、別天津神である高皇産霊神は天尊族、つまり、大和の至上神とも言われている。この記事を素直に読めば、出雲族の神、つまり、国津神である大物主命と御大津姫命とは天尊族の為に働いた事に成り、実に不自然な記事と思える。
		大物主命に命ずるならば、出雲族の至上神と言われる神産霊神（カンムスビノカミ）が為すべきではないのか？影浦はそう考えた。高皇産霊神が命じた、とするこの記事には、何等かの作意が在りそうである。そこで影浦は神産霊神が命じた、とされて居たのを、大和の支配が強固となる過程で、高皇産霊神の話へと、すり替えられたのでは無いのか、と考えた。いや、高皇産霊神は神産霊神と同様に、出雲系の神だった事すら考えられる。初めは、高皇産霊神を大和の側に奪い取り、その後、その神話までをも奪う為、この様なすり替えが策謀された。そう考えるのが妥当であった。
	そして、その根拠と成るのが神産霊神と高皇産霊神の極めて興味深い関係だった。この二つの別天津神は共に、自然の発生原因と成る生成神、と言われている。言い換えると、神々を此の世に発生せしむる、そのような権能を持つ神々であった。古代人に取って、自然はまさしく霊としての神々が体現をした姿であって、神々そのもの、と言っても良い。つまり、別天津の神々はその様な古代人の意識から論理的帰結として見出された原理的な神々として理解が出来た。ただ、この二つの別天津神はキリスト教などに見られる、全知全能である創造神とは全く異なり、あくまでも、それは神の国に座す神々をこの現世に発生せしむる、そのような権能しか持ち得ぬのである。従って、他の事で他の神に勝るものでも無く、その意味に於いては他の神々と同列である、とも考えられた。また、その事に関して注目すべきは、全ての万の神々は神々の国に於いては永遠不変である、という当時の思想的な傾向だった。言い換えると、神々の国にいます神々は動く事も感ずる事も出来ず、ただ存在をする存在である、という事である。神々の世界には時空が無いので、少なくとも論理的には、その様な結論が導き出された。故に、神々は別天津神によって、此の世に送られ、初めて自らの想念に従い、活動する事が出来るのだった。そして、好むと好まざるとに関わらず、試練に出会った。その故に彼等自身が時空の中で様々な変貌を遂げたのである。旧来の解釈に拠れば、「カンムスビ」と「タカミムスビ」はそれぞれ、「カン・ムスヒ」、「タカミ・ムスヒ」であり、「カン」や「タカミ」は単なる美称である、とされている。また、「ムス」とは発生の意味を持ち、「ビ」は「ヒ」の訛ったもので、「霊」の意味を表す、と言う。
	つまり、「ムスヒ」は此の世での霊の体現を表していた。しかしながら、影浦はこのような説に疑問を持った。第一に、「カン」や「タカミ」を単なる美称として、全く意味を問わぬのは極めて不思議な事である。意味の無い言葉などあり得ない。おそらくは意味を忘れただけなのだった。ならば、「カン」や「タカミ」は極めて古い時代に使われた言葉であるように思われる。つまり、それらの神々の名前は縄文語で出来ている可能性が極めて高い。そこで、影浦は縄文語に近いと思われるアイヌ語で、その解読を試みた。すると、それは思いの外、上手く填ったのである。
	その解読によれば、神産霊は元来、「カムイ・ムンヌンシ」であった。無論、「カムイ」は神を意味している。また、「ムンヌンシ」は植物などが群生をする光景を表現しているので、この神の名は元来、植物が群生するかのように、この世界に多くの神々を出産する、と言う語句から発展したもの、と思われた。つまり、「カムイ・ムンヌンシ」は現象の起源を表現していた。古代人にとって、自然はまさに神々そのものであったからである。また、同様の論理を高皇産霊に適用するなら、それは元来「タク・カムイ・ムンヌンシ」であった。「タク」は一般的に「言葉によって何かを招く」と言う意味を持つので、この神の名は神産霊をこの世界に招く、あるいは、神産霊の能力を引き出す事を意味する様に思われる。この事は「言代主」の称号とも相通じ、興味を引かれた。つまり、高皇産霊と神産霊とはやはり出雲系の神である可能性が高いのである。影浦はこの観点から、カンムスヒが生成の源、あるいは場とすれば、タカミムスヒはそれを触発し、発現させる神なのでは無いのか、と考えた。つまり、この二つの神はセットで無ければ、意味を為さぬ神なのである。（この事は素粒子論の観測者と対象物の関係とも重なる）ならば、この二つの神が別々の勢力、つまり、出雲と大和とに分かたれて祭られるのは極めて奇妙な話であった。高皇産霊神の意味合いが言代主命に通じて見える事からも、出雲の神であった、としか考えられない。おそらく、大和は何時からか、出雲系の至上神、高皇産霊神を自らの神として祭ったのだろう。そして、あの一書に於いて、神産霊神とのすり替えが画策された。神話を奪う為である。出雲神話の多くの部分がこうして大和に奪い取られた。ならば、この神話は元来、如何なる内容であったのだろう？影浦の結論はこうだった。御大津姫命は言代主の祭る神であり、大物主命は多穴牟遅、すなわち、後の大国主の祭る神である。つまり、これらの神々の婚姻は実は、言代主の一族と大国主の一族の同盟に関わる記事なのだった。
		当時、畿内は各部族が乱立し、様々な利害を巡って、混乱していた。其処に、大国主の神祖たる須佐之男が現れ、言代主の一族に力を貸した。そして、八俣の大蛇の伝承にも見えるように、八百万の神々（各部族）は抑えられ、その混乱はようやく収拾をされたのである。従って、この様な事情を考えた時、大国主と言代主の各部族が長く同盟関係に在った事は想像するに難くは無かった。あの一書の記事はやはり出雲の神話であったのだろう。それが後年、大和によって先のように変質をさせられたのである。
	大国主はこの同盟に当たって、他部族の神々を尊重し、神々の優劣、秩序などには、余りこだわりを抱かなかった。そして、その事が精神的な自由を保障して、彼等の部族連合を心地の良いものともさせたのである。だが、大和はそうはし無かった。この一書からも窺えるように、徐々に神々を変質させて、ヒエラルキーを築いたのである。そして、その固定化をも謀って行った。神々はその神性を歪められ、その実現を阻まれたのである。また、その故に、祟りの神々へと変わり始めた。無論、それらの怨念は全てが大和へと向けられている。大和は祟りを大いに恐れ、それぞれの神社を建立し、祭る事とも成るのであった。能登に追われた言代主の一族はおそらくこの事を知っていた。輪島で見付かった銅矛はその為に作られたのに違い無い。祟りの神々を呼び覚ます、呪いの祭器に間違い無かった。だが、実際には神々の蜂起は起こら無かった。万策尽きての、最後の策だったからに他ならない。祭事を行う暇も無しに、敗れ去ったのに違い無かった。だが、銅矛だけは生き延びたのである。辛うじて生き残った残党が来るべき時を念じつつ、其処に埋めたのに違い無かった。南方美穂はおそらくその事を知っている。輪島で見付かった銅矛を盗み、全ての祟りの神々を呼び覚まそう、としているのだろう。碁石が峰での奇妙な作業はその事に関わるのに違いなかった。と、坂崎が首を捻った。「でも、あの銅矛と神殿での作業に関係など在るでしょうか？穿ち過ぎのように思うんですが」だが、影浦には、相当の自信があった。「いや、関係はあると思う、けど、道具の発掘なのか、洞穴そのものが必要なのか？其処がちょっと問題なんだ」彼はそう述べると、自分の推理を語り始めた。もしも、それが道具であるなら、銅矛、あるいは銅鐸などの祭器の類と思われた。だが、神殿での作業規模を考えるなら、その可能性は極めて低い。ならば、やはり洞穴そのものに何等かの意味が在るのだろうか？つまり、黄泉へと通じるトンネルである。
	だが、根の国は天尊族の神話であって、出雲族のものとは言い難い。出雲族に取っては、自分達の現実世界と神々の座す霊的世界、その二つの世界しか在り得なかった。つまり、我々の現実世界は全てが神々の現象化であり、宇宙は神々から成り立っていた。そして、物質ならば壊れた時、生き物ならば死んだ時、それはあくまでも神として、神々の世界へと戻るのである。ただし、此の世に未練を残し、あるいは、恨みを抱き、肉体を離脱した魂は別であった。神の国へは帰らずに彼は此の世へと留まったのである。つまり、自然界は祟り神、幽霊の住処でも在るのであった。だが、それは根の国などでは有り得ない。それとも、彼等は大和との接触で世界観をも変えたのだろうか？いずれにしても、碁石が峰の洞穴には祟り神の蘇生に関する重要な何かが隠されていた。
	と、坂崎が言った。「なら、使え無くすれば解決ですよ、爆破でもすれば　・　・　どうです？少しばかり乱暴ですが、難しい事ではありません」だが、宮城と押知は首を捻った。余り好ましくは無い、と言う。「何故です？」坂崎が怪訝な顔でそう問うた。宮城が言った。「うん、それは非常手段だ、と思うんだ、それで、言代主が消える訳じゃあ無いからね」言代主の怨念を封じる為には祈言宗を知らねば為らない。だが、洞穴の爆破はその秘密を埋もれさせる危険が在った。第一、爆破などとは穏やかでは無い。影浦も反対の意思を表した。が、坂崎は言う。「でも、祟り神が呼び出されて仕舞えば、謎解きどころでは在りません、危険過ぎます」確かにそれも一理、在る。だが、乱暴な事はしたくは無いし、洞穴は言代主の怨念を封じる得る唯一の手掛かり、とも思われるのである。壊して仕舞うのは如何にも不味い。影浦は少し考えた。洞穴で行われる儀式には、おそらく輪島の銅矛が欠かせぬだろう。だが、それは今、彼等の手元に在るのでは無く、製造なども困難だろう。形は似せても、魂を込める事は難しい。やはり、奪い取るしか無さそうである。為すべきは銅矛を奪われぬよう、監視を続ける事ではないのか？洞穴の破壊は奪われてからでも遅くは無かった。



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