可能世界・陰の神話 第一章第四話		祟り神 This was revised in Decmber 2, 2009.		野口博正の提供による 　あるひとつの可能世界
	宮城は順を追って話す、と言うが、影浦は内心、うんざりしていた。話が長く成りそうだ、と思ったのである。早く結論を見付けて、この重苦しい状況から解放されたかった。だが、どうやら、その様な状況では無さそうである。無理に急かすと、宮城はまた、例の怪しげな力を使って、話の時間を短縮しよう、とするかも知れない。あの様な恐ろしい疲労感はもう、ごめんだ。第一、勝手に心の中に踏み込まれるのは気分が悪い。「じゃあ、伺いましょうか？でも、あの力は使わないで下さいね」影浦はそう釘を刺すと、宮城の話を素直に待った。 だが、妙だ。宮城は話を始めない。目を少し上方に向けて、頻りと何かを考えている。「どうしたんです？」影浦はしびれを切らして、そう問うた。と、宮城がおどおどとした顔つきで、影浦を見た。「ええと、どこまで、お話ししましたっけ？」と、のたまうである。影浦は少し驚いた。と、言うよりは、拍子抜けした、と言う方が適切だろうか？いずれにしても、彼のシャープな印象からは、想像の付かぬ態度と言える。影浦は違和感を禁じ得なかった。 だが、その違和感は必ずしも不快なものではない。「おや、こういう一面もあるのかな？」と、一瞬は、親近感すら覚えたのである。影浦は思わず知らず、心の中で、「フッ」と、笑った。宮城がここに来て、サッサと椅子に腰掛けた時、彼は、昨日は一睡もしていない、と言って、弁解した。ひょっとすると、それは本当なのかも知れない。なら、一時的な健忘症も納得できる。相当に疲労が蓄積していたのかも知れない。とは言っても、心を許す事など、無論、出来ない。影浦は差し当たり、「確か、列車が脱線した、と？」と、さりげのない態度で、返事を返した。 と、わずかに曇った宮城の顔が一瞬、わずかに、ほころんだ。だが、何故か、再び顔を曇らすと、言った。「あ、そうでしたね、私は一人のドライバーを犠牲にして、生き残ったんです、不可抗力ではありますが、私は悔やみました、ですが、あの怨霊の力は強大です、私には、逃げる事しか、出来ませんでした、私は犠牲者の方に手を合わせながら、必死で、車を走らせました、そして、運良く、米子の空港に着いて、６７０便に乗り込む事が出来たんです」 機上の宮城は、「ベルトをおしめ下さい」と言う、耳元の声で、眠りを覚ました。どうやら、搭乗して、すぐに寝入ったらしい。機窓の外を眺めると、闇を覆う雲を透かして、都会の明かりが微かに見える。どうやら、大阪に着いたのらしい。宮城は促されるままにベルトを締めた。さすがの怨霊も此処まで追っては来ないだろう。「だが、これから、どうしようか？」疲労の為か、体が重い。東京に戻る体力などは、とても、残っている様には思えない。彼は機を降りると、空港の近くにホテルを見付けて、やっとの想いで、転がり込んだ。頭が重く、とにかく眠い。見えざる怨霊への不安や恐れ、そして、霊力の長時間に渡る使用など、何もが初めての体験である。疲労の溜まるのも当然であった。宮城はベッドに潜り込むと、綿の様にぐっすり眠った。 さて、それから六時間ほどは眠ったろうか？時計を見ると、既に、午前の二時過ぎである。身体の疲れは抜けていた。だが、眠気はまだ、消えてはいない。彼はベッドを抜け出すと、冷水の侭のシャワーを浴びた。ふくらはぎの辺りから、かけ始めると、背中から首、頭へと、徐々に位置を上げて行く。睡魔は見る間に萎んで行った。そして、浴室から出ると、浴衣を羽織って、床の上に胡座をかいた。美保関での記憶を呼び覚まして、怨霊の正体を見ねば為らない。彼は静かに目を閉じて、記憶の中へと入って行った。 宮城はあの路肩でレンタカーを降りた後、少し歩くと、乗り合いバスへと乗り込んでいた。バスは島根の半島を西へと向かう。彼は千酌の停留所でバスを降りると、恨みの霊波を辿って行った。しばらく行くと、国道からの脇道が在る。かなり広いが、砂利道であった。最近、造られたものらしく、敷かれた砂利が真新しい。これからアスファルトでも蒔くのだろうか？だが、それにしては、工事車両も、人の影も見当たらぬ、奇妙な感じの道路であった。右手には、日本海の荒波がすぐ側にまで、迫って来ている。左手は荒々しい岩肌の断崖である。進行方向を眺めると、崖は内陸の方向へと退いており、その崖に囲まれる起伏に富んだ低地には、整地中と思われる平坦な地肌も露出していた。 重機の姿こそ見当たらぬが、かなりの部分で、丘などが削られており、林も根こそぎ、なぎ倒されて、無惨な地肌を露わにしている。砂利の道路は真っ直ぐに、その一角へと繋がっていた。その傍らには、大きな看板が立てられている。白地に黒の大きな文字で、「仲ノ国電力・千酌原子力発電所・建設予定地」と、これ見よがしに書かれて在った。宮城はその看板を横目に見ながら、更に奥へと歩みを進めた。 だが、見渡したところ、作業員などは見当たらず、造成の工事は何故か、中断をして居るらしい。その代わりに、奥の方では、得体の知れぬ人間達が這い蹲う様に作業をしていた。その中心には、こんもりとした小山が佇んでいる。高さは十メートルほど、直径にして、三十メートルほども在るのだろうか？既に整地されている箇所も多い所為か？その墳丘は妙に目に付く、一種、異様な雰囲気を醸し出していた。だが、遠目では、それ以上の事は分からないので、宮城は更に、歩みを進めた。 其処には、林もまだ在って、所々、禿げては居るが、辛うじて、緑は保たれている。あの怪しげなる霊の波動はその小山を中心として、広がっていた。少し離れた小高い場所には、幾人かの人影が蠢いている。その様子や服装から見て、観光客なのに違い無い。宮城は墳丘を遠巻きに迂回して、彼らに合流すると、作業の様子を窺い始めた。 その作業は遺跡か何かの発掘である。おそらく、整地作業の最中にでも、偶然、発見されたのだろう。その周囲には、粗末な木杭が点々として、打ち込まれており、ロープがぐるりと張られてあった。また、立ち並ぶ木杭の一本には、「言代主墳墓・発掘現場」と、墨で書かれた立て札が申し訳の様に括られている。そして、問題の小山に目を転じると、宮城の識眼は物理世界から、霊世界のものへと変わって行った。真っ赤に燃えるオーラが見える。赤紫に小山全体を包み込んで、時折、赤黒い火炎を噴き出しながら、不気味な輝きを放射していた。 それは凄まじい怨念の、此の世への迸りを暗示している。宮城の見たところ、長く現場に居る多くの者が頻繁に眩暈に悩まされており、言い知れぬ不安にも苛まれていた。だが、彼等への影響は他にも在った。生気を密かに吸い取られて、その魂は萎えつつもあったのである。青ざめた彼等の顔色からも、その事は容易に窺い知れる。悪しき欲望の数々が気付かぬ内に増幅されて、彼等の心を迷わせていた。安心出来る仲間など誰一人、無い。彼等が唯一、分かって居たのは、その様な状況だけだった。そのくせ、低次元の馴れ合いだけは蔓延している。確かに、彼等は人ならぬものへと変貌していた。怨霊が醸し出す恨みの念の悪しき力の故である。 だが、その怨霊は何者なのか？宮城の鋭い識眼はオーラの中心へと向かって行った。と、其処には、物理世界とは全く異質の奇怪なる世界が展開している。オーラの渦巻く中心からは無数の触手が四方に伸びて、毒蛇の様に蠢きながら、頻と何かを探索していた。そして、触手の根元から、シルエットの様な人影が怪しい動きで揺らぎ出ている。両の掌を天へと突き出し、あらゆる悪徳を呼び込むと、更なる悪徳へと進化をさせた。そして、その様な悪徳を奇怪なる羽虫として、現象させる。つまり、此の世へと向かって、放つのだった。恨みの念の篭もった霊波は、どうやら、その影が源らしい。美保関の近くでもあり、虫を自在に操る霊なら、言代主なのに違い無かった。 一方、解き放たれた羽虫達はイナゴの様に天を覆った。そして、一挙に反転すると、密やかに、人々の心へと入ったのである。黒くて、ちっぽけな羽虫ではあるものの、その習性は恐ろしい。人の魂を貪り食って、あるいは卵を産み付けて、人ならぬものへと変えるのだった。取り付かれた者達の魂からは既に、奇怪なる蛆が湧き出している。羽虫の毒が心を溶かして、酷い異臭が漂っていた。もはや、彼らが人間である、とは言い難い。その魂はゾンビの様に奇怪であった。 彼らはまともな人間を嗅ぎ出すと、こっそりと、自らの蛆を移すのである。哀れなゾンビの犠牲者達は見る間に、ゾンビへと変わって行った。ゾンビは益々、増えつつ在った。だが、羽虫に抵抗力を持つ者も、僅かではあるが、居るらしい。羽虫は彼等に近付くと、悪徳の腐臭を失って、無害な虫へと変わったのである。一見すると、抵抗力を持つ人間達は安全である様にも思われた。だが、あの奇怪に蠢く無数の触手が彼等を目ざとく、見付け出す。ゾンビ達を唆し、襲わせて、命までをも奪うのだった。 宮城が言った。「此処で記憶は終わって居ます、ですが、そのすぐ後、影浦さんの幻を見ました、あの触手があなたを狙って居ました」男の視線が影浦を射る。影浦は無視する様に視線を背けた。そして、「馬鹿馬鹿しい、戯言だ」と、心の中で吐き捨てた。だが、何故だろう？信じまい、とする意識に反して、心は納得をしようとしているらしい。影浦はどうにも居たたまれずに、残りの冷めたコーヒーをゴクッと、一気に飲み干した。 と、昨夜、見た、怪しげな夢が脳裏を過ぎる。「やはり、何かの暗示だろうか？」影浦は一瞬、上目と成って、チラッと、宮城を盗み見た。と、何故だろう？宮城の眼がわずかに笑った。何とは無しに、意味ありげである。だが、それは意図的に笑った、と言うよりは、思わず、笑いが込み上げた、という風情なのである。影浦は戸惑いながら、宮城を見つめた。と、宮城が済まなそうな顔つきで、言った。「あ、笑ってしまって、申し訳ありません。実は、昨夜、ご覧に成った夢ですが、あれは私が送ったんです」何と言う事か！「あれは予感などでは無かったのだ！何と言う事だ！」影浦は唖然として、宮城を眺めた。惨めな想いがじわじわと、影浦の心を嘖み始める。そして、怒りも込み上げた。 「いい加減にしろ！人を、何だと思ってるんだ？」影浦は我を忘れて、宮城を詰った。と、宮城が一瞬、怯みを見せた。そして、頭を深々と下げると、言った。「申し訳ありません、来て頂けるのか、どうか、電話だけでは、心配でしたので、でも、申し訳の無い事を致しました」予想以上に、宮城の謝罪は丁重だった。平素の影浦であったなら、冷静に成っても良い筈である。腹の中はともかくとして、謝罪を受け入れる態度ぐらい、示す状況ではあったのである。だが、影浦の興奮は収まらない。「第一、何で、そんな大昔の怨霊が今頃、出るんだ？何で、この俺が狙われなきゃ為らない？おかしいじゃ無いか！」影浦は声を荒げて、喋り続けた。宮城は黙って聞いている。そして、妙に落ち着いていた。 影浦の興奮が収まると、宮城は低い声で言った。「実は、影浦さん、この事は影浦さんの今の仕事にも、関わるんです」それは意外とも、予期した事とも、思われる、心を揺さぶる一言である。「何故、其処まで分かるのか！」影浦はあっけに取られて、宮城を覗いた。と、宮城が影浦の心を察する様に、言った。「ええ、でも、その問題をお話しする前に、お知らせしなければならない事があります、実はもう一人、この問題を知る人間が居るんです」 宮城は美保関の探索を終えて、大阪から帰ると、すぐに、その足で、東慶大学の熊野啓介を訪れていた。道場の閉鎖にも関わらず、押し掛け入門した変わり種であるけれども、古代史の研究分野では、幾多の論文を発表して、秀でた能力を発揮している。宮城の勘では、今回の異様な現象は古代史にも深く関わっている。その点、熊野は専門家、と言っても良く、また、その一方では、霊魂への理解も持ち合わせている。相談をするのには、持って来いの人間、と言えたのである。 宮城が言った。「それで、熊野君に言わせると、影浦さん、どうやら、あなたは闇に葬られた古代の秘密を掘り起こして仕舞ったようなのです」すると、影浦の眼が鈍く光った。やはり、心当たりはあったのである。だが、彼はあえて、沈黙していた。素直に、その事を認める事が何故か、無性に怖いのである。影浦は宮城の顔を下から覗いた。宮城が言った。「はっきりとは分かりませんが、その事が怨霊の怒りを呼んだのでしょう」そして、影浦の眼をじっと、見つめた。「分かってるんでしょう？」と、でも言いたげである。影浦は少し、ムッとして、「ほう？面白いですな」と、そらっ惚けた。 実を言えば、影浦は古代の歴史を探る内に、驚くべき秘密を嗅ぎ出していた。個々人の魂への抑圧と、それに対する怨念の、一旦は古代の闇に隠蔽された歴史的な真実である。影浦はその構図が過去の遺物では無く、現代にまで受け継がれている根深いもの、とも確信していた。そして、その様な古代の怨念を体現して、神として、祭られた存在が誰あろう、あの言代主命であったのである。言い知れぬ不安感や、魔物の影を垣間見たのも、その様な自分の認識が作用をした結果であるのかも知れない。 「だが、実際に怨霊が現れる、とは？」影浦は神や幽霊の類など、余り信じては居なかった。だが、宮城の話も分からぬでも無い。本当に怨霊は現れたのであろうか？そして、影浦はそんな古代の暗闇に立ち入り過ぎて居たのだろうか？いや、知らぬ間に、封印された何かを嗅ぎ出して、怒りに触れたのに違いない。意識の上では、まだ、幾分かの迷いはあったけれども、それはもはや、確信であった。身体が異様にブルブル震える。そして、心が妙に興奮していた。と、宮城が言った。「どうでしょう、一度、東京へご一緒しては頂け無いでしょうか？熊野君にも、会って頂きたいのです」 家に戻った影浦は急いで、居間を通り抜けると、即座に、自分の書斎へと駆け込んだ。キッチンから出て来た妻の希倭子が呆気に取られて、彼を見送る。後を追う様にドアを開けると、書棚越しに呼び掛けた。「あなた、何かあったの？顔色、良く無いわよ？」そして、書棚に並んだ本の隙間から顔を覗かせると、上目を使って、影浦を見た。どうやら、異常を感じたらしい。「だが、どう説明しよう？」いくら丁寧に説明しても、分かる類の話では無い。そして、彼女は最近の影浦の変調に気付いている節もあるのである。正直に、怨霊がどうの、などと、話したならば、厄介な事にも成りそうである。「エッ、別に？ああ、そうだ、明日は東京に行く、早くに出かけるから朝飯は要ら無い、夕食も要ら無いぞ、済ませて来たから」影浦は心の動揺を見透かされまい、と、然りげの無い口調で、希倭子を制した。 だが、希倭子は、「あ、そうなの？」と、更に影浦を覗き込む。影浦はどうにも、目線を併せ兼ねて、無言の侭で、頷いた。無論、そんな態度では、希倭子を欺す事は無理である。影浦はその事を良く知っていた。だが、仕方がない。影浦は黙りを決め込んだ。希倭子が何やらブツブツと、繰りごとの様に言いながら、キッチンの方へと引っ込んで行く。影浦は希倭子の消えたドアの辺りに、「済まんな」と、一言、言った。気持ちは残るが、致し方ない。彼は振り切る様に机に向かって、書き貯めた資料を揃え始めた。 だが、彼はまだ、自分の置かれた状況が如何様にあるのか？について、ほとんど何も気付いていない。もし、彼が完全に自分の立場を把握したのなら、あるいは、東京に行こう、などとは考えなかったのかも知れない。だが、彼は今、現実感の無い奇妙にふわふわとした状況にある。あるいは、それは宮城の密かなる誘導であったのだろうか？いずれにしても、未知の物への飽くなき好奇心が彼をして、新たな知見が待つ筈の東京の地へと駆り立てたのである。 熊野との会合は楽しみである。未知の部分も、あるいは解き明かされる事に成るのかも知れ無い。影浦は研究資料をファイルに纏めながら、久々の充実感を満喫していた。だが、一応の整理をして、いざ眠ろう、と、ベッドに潜ると、異様な心理に捕らわれる。またしても、例の不安が頭を擡げた。「だが、何故なんだ？」初対面の男の話を、知らぬ間に、受け入れて、怯えたり、武者震いをする自分の心が妙に歯がゆくも思われる。そして、まだ、発表もして居ない自分の仕事を何故、宮城は、あるいは、熊野は、察知する事が出来たのだろうか？考えるほどに不可解だった。 影浦はその翌朝、北海道庁の見える日航のロビーで宮城を待った。だが、約束の時間は午前の八時であるから、まだ三十分もの時間が在る。「新聞でも、読もうか？」と、腰を上げた。だが、ラックまで歩くのは、面倒な様にも思われる。優柔不断な性格は幾つに成っても変わらぬらしい。影浦は上げた腰を再び下ろすと、辺りの様子を眺め回した。見ると、リュックを背負った若者達があちらこちらに屯している。ロビーの隅では、軽装の男女が談笑している。これから、ハワイにでも行くのだろうか？どの顔を見ても、溌剌として、陰りなどは微塵も見えない。「それに引き換え、自分はどうだ？」影浦は別世界を覗いた様な、異様な気分に捕らわれていた。 と、斜め上方から、何者かの声が呼び掛ける。顔を上げると、宮城であった。影浦が此処に着いてから、五分ほども経っては居ない。どうやら、気の急いて居たのは自分だけでは無さそうである。「おっ、宮城さんか！」何故かは知らぬが、笑みがこぼれた。そして、その事に戸惑った。彼は慌てて、その動揺を仏頂面でごまかした。だが、宮城の方は影浦の心理を知ってか、知らずか、何の反応も示さない。彼は小脇から朝刊を取り出して、せわしげに広げると、影浦の前に差し出した。顔つきを見ると何やら深刻そうな風情である。 「えっ、どうしました？」影浦は反射的に、そう問うた。宮城が言った。「いえ、気に成る記事が在るんです、此処ですよ」影浦が朝刊を受け取って、覗いてみると、謎めいた事が書いてある。原発予定地の地質調査を担当した技師の一人が、美保関の海岸で、水死体と成って見付かったのだ、と言う。彼は半年ほど前に、会社を辞めて、その後、行方知れずと成っていた。他殺か自殺かは不明、と言う事であったけれども、どちらの可能性も、ある同じ疑惑から在り得る事とはされていた。 その疑惑とは、千酌で発見された、あの墳墓の隠蔽の為の工作であった。遺跡の在る事が知れて仕舞えば、発掘が終わるまで、工事は出来ない。原発建設は大幅に遅れる。場合によっては、保存の声すら挙がり兼ねず、会社に取って、それは容認の出来ぬ問題だったのでは無いのか、と、この新聞はその様な疑惑の在る事をかなり詳しく紹介していた。そして、警察の捜査は今もなお、継続している。その事は以前から随分と報道されて、影浦も良く知っていた。だが、果たして、この事が技師の死に関係などするのだろうか？影浦には、そうは思え無かった。彼はその隠蔽工作を知っていた、と言う証拠など何もないらしいのである。ならば、その問題で、命を狙われる、などという可能性は殆ど無い様に思われる。新聞を読む限り、退職をする理由も見当たらず、個人的な問題も無さそうなので、自殺の線も皆無と言えた。 では、何が彼を死に追い遣ったのか？美保関には、言代主命の祭られる美保神社が在る。ひょっとして、千酌での原発建設の喧噪が言代主命を呼び覚ましたであろうか？あるいは、あの祠は既に撤去されていて、その事が祟り神を呼び覚ましたであろうか？いずれにしても、あの技師はその怒りに触れて、死んだ様に感じるのである。冷たいものが背筋を走った。
Cotosiro