可能世界・陰の神話 第一八章第一話		神々の混沌 This was revised in September 25, 2008.		野口博正の提供による 　あるひとつの可能世界
	亜真野とその怨念とは、凄まじい念を放出しながら、自らの実現の為に、戦っていた。もはや、目に入る物は相手しか無く、また、その故に、他の一切がその意識からは遠ざけられた。すると、光が失われて、形在る全ての物が消え失せた。彼らの魂は物理世界を超越して、想念の世界へと入ったらしい。彼等の姿も、もはや、形を失って、怒りのオーラが二つだけ、闇にポッカリと浮いて、光を放った。其処には、既に、時間など無く、空間もやはり、消失している。もし、其処に、想念すら、存在せぬなら、絶対無、とでも言わねば為らぬ、在り得べからざる世界であった。何も無いが、全てを含む、光を産み出す闇である。その中で、二つの魂はしのぎを削った。彼らは相手の想念を飲み込んで、自らの想念に引き入れようと、無限の力で、引き合ったのである。そして、互いは絡み合い、その力によって、縮み始めた。凝縮は次第に熱を産み、怪しい光を放ち始める。彼らの魂の戦いが想念の闇を真っ赤に燃やした。そして、闇の様相を一変させた。時間無き時間、そして、空間無き空間での相克である。本来ならば、想念の変遷、とでも名付けられるべき、深遠なる魂の戦いだった。しかし、戦うふたりには、それらの一切が隠されている。意識は相手に集中をして、凌ぎ合いはなおも、続いた。 二つの凝縮をした想念は恐ろしい熱を蓄えながら、極小へと向かって、驀進していた。しかし、それは矛盾をした侭、新たな形を生み出さぬ。正と反は止揚をされずに、正と反の侭である。この侭、凝縮が進行すれば、彼ら各々の想念は消滅するかにも思われた。が、何故だろう？二つの絡み合った想念が極小に達し、大きさを消失せん、とした、まさにその時、突如、それは炸裂をして、まばゆい光が四方に散った。その放散は光の速さを遙かに超える無限とも思われるスピードである。一瞬の内に、想念の闇はあまねく、キラキラとした白い光で満たされて、闇は駆逐をされた、かにも思われた。だが、見るが良い。それはただの光では無い。亜真野の二つの想念が矛盾の故に、炸裂をした、極めて、微細な塵なのだった。そして、光の塵の全体は膨張しながら、近い物は互いに引き合い、見る間に、無数の光子と成った。光子と光子の間には、想念の闇が垣間見られる。闇が光を圧縮して、光子を産んだ、とも思われた。光子は光子を呼び合って、更なる光へと凝縮して行く。其処此処に光の集団が現れ始めた。その様は濃密なる銀河の集団である。深淵の闇に渦を成し、脈動をしながら、発光していた。 だが、それらの銀河は凝縮しながら、それぞれは互いに引き合わず、次第に、距離を広げて行った。そして、凝縮をし尽くした光の渦は見る間に、各々の形を成して、神々と成って、立ち現れた。想念の塵はまさに今、新たな想念として、再臨したのである。彼等の顔は希望に輝いて、自らの存在を主張している。言代主が其処に居た。御大津姫も輝いている。宮城や山岸、猿女ですらも、全てが其処で、神として、自らの存在を輝かせていた。だが、居ない者がひとり居る。亜真野であった。おそらくは、互いの力に抗せずに、滅び去ったのに違い無い。意識をされぬ故に統合されぬ彼等の矛盾の故だった。亜真野は自らの隠された想念に気付か無かった。自らに葬り去った、と言い聞かせて、考える事を忌避したのである。だが、それが想念である以上、失せる事など、在り得ない。如何なる手段で、抑圧しても、それは何処かに蹲って、再臨の時は訪れる。その事は自身によって、抑圧された自身の想念すら、同様であった。それは心の奥底に蹲って、圧縮をされて、熱を産み、抑圧者への恐ろしき怨念を産むのである。だが、奇妙な事に、その怨念は始め、他者に向けられる。そして、それは最後には、必ず、自らの持つ、相容れぬ想念を呪うのである。亜真野はその事をこそ、知るべきだった。しかし、彼は最後まで、その理を悟ら無かった。そして、自らの秘めたる怨念にも、気付かなかった。その故に、彼はその怨念を恐ろしき怨霊にまで、育てたのである。そして、皮肉な事に、敵対者、言代主の消滅が自らの怨霊を招いてしまった。言代主は亜真野が自らを認識する為に必要な重要な他者であったが為に、その消滅が亜真野に、新たな他者を探らせたのである。そして、自分に巣くうあの怨念に行き着いた。つまり、彼はその怨念を自らの存在を確認し得る他者として、認識したのである。その故に、問題の怨霊が呼び起こされた。そして、彼の分裂をした魂は互いの力によって、炸裂をして、想念の塵へと帰したのである。 だが、不思議にも、そんな想念の塵からは、今、新たなる神々が産み出されている。彼らは、彼ら各々の魂で、想念の闇を染め付けながら、新たなる世界へと歩み始めた。神々の無邪気な自己の膨張である。一見すると、神々は自由である様に思われた。だが、問題が起こった。その営みを疎外する者が現れたのである。ひとつの神の自己実現は他の神に取っては、障害である。その故に、彼等はしばしば、衝突をした。そして、初めて、他者と言う存在を知ったのである。彼我の意識も、其処に芽生えた。また、自らの想念の実現が容易では無い事をも知ったのである。他者の消滅無くしては、自らの実現など、為し得ない。その故に、全ての神々が凌ぎを削る、凄まじい戦いが始まった。弱き想念（概念と論理的整合性の、より未熟な想念）は弾き飛ばされ、あるいは、強き想念に吸収されて、消滅して行く。強き想念が力を増して、一際、明るく輝き始めた。 しかし、其処には、神々すらも気の付かぬ大きな矛盾が秘められていた。神々は想念の闇で、他者を知り、意識を持った。つまり、彼等は認識をする想念へと進化をしていた。そして、認識とは、他者を知る事に他ならない。自己を知る、と言う事も、他者との比較無くしては、不可能な業と言えるのだった。その故に、邪魔な筈の他の神々は失っては為らぬ他者と成った。つまり、他者の消滅は自らの精神の霧散を意味したのである。自己の存在を確認出来ねば、自己は全く、無きに等しい。神々はその誕生と共に、その様な宿命を背負ったのである。神々のジレンマが此処に生じた。また、其処に至って、戦いにおける危険な罠にも、彼等はようやく、気付いたのである。自らの想念で、あまねく照らして、他者の存在する理想の世界。神々はその実現の為に思念した。すると、各々の意識から、それぞれの宇宙が創出された。つまり、彼らはそれぞれの産んだ宇宙においての唯一絶対の創造神と成った。無論、それらは各々の全く、別の時空なのである。神々が其処に居る限り、衝突などは在り得なかった。その故にこそ、神々は何者の妨害にも煩わされず、自らの想念を実現し得た。そして、其処には、自らを確認し得る他者も在る。つまり、物質が存在していた。また、それぞれの宇宙を持つ筈の全ての神々も其処にいた。肉体や、あらゆる物質に依り憑いて、その存在を誇示したのである。神々に取って、他者はやはり、神々で在る事が必要だった。また、依り憑く多くの神々は自らの想念を持ちつつも、創造神の想念からは、抜け出す事は叶わ無かった。依り憑いた物質の理に閉じ込められたからである。各々の創造神の目論見は成功したかにも思われた。 初め、神々は想念だった。そして、時間も空間も無い無次元の世界から誕生していた。従って、其処には、因果は無く、もしかすると、論理的な関係も、存在してはいなかった。だが、神々自身はそれぞれの論理を持って居り、時空の萌芽も存在していた。それは神と呼ばれる想念と、時空に於いて、その神の占める唯一の場所、つまり、自我が常に存在をする現時空点、とでも呼ぶべき一点である。過去を振り向き、未来を想う、一瞬、生じる時空であった。宇宙は其処から誕生していた。実を言えば、ビッグバンは其処からの論理的な帰結に過ぎ無いのである。本当の宇宙の創造はその様な認識者の場所、現時空点から始まっていた。宇宙を産み出す真の力はその宇宙に於ける創造神、つまり、唯一の認識者としての魂である。他の何ものと云えども、その創造に関わる事は許され無かった。また、その事が神々の自由な自己実現を保証する根拠でもあったのである。 だが、皮肉な事に、創造された宇宙の動きが神々の期待を裏切った。宇宙が宇宙として、認識されると、それは新たな他者と成り、予期せぬ事態を産んだのである。時空は論理的な関係と因果関係によって、間断無しに動き始める。想念すらも其処に捕らわれて、変転をせざるを得なかったのである。つまり、宇宙は創造神の意の侭には動か無かった。宇宙はまさに他者と成り、創造神に対したのである。余談に成るが、以上の事は地球の意識体の見出した不確定性原理に関わる幾つかのパラドックスに示唆を与える。認識者は至る所に存在しており、宇宙は其処で、分岐をするのかも知れ無かった。あるいは、ブラックボックスの猫は全くの別の時空にいるのかも知れ無かった。とは言っても、他者の宇宙への認識は原則的に如何なる者にも許されぬ。その認識は他の宇宙の創造主に任されていた。つまり、他者の宇宙は電子雲よりも曖昧で、無いも同然の存在だった。強いて言うならば、それは可能世界であろうか？いずれにしても、他の想像神が認識をする事は不可能であった。 だが、彼等の悩みは他にも在った。あろう事か、創造神自身が変化をしたのである。創造神と言えども、時空の中で、運動するには、論理と因果とに拠らねば為らない。それを無視して動いたならば、もたらす結果は悲惨と思えた。因果と論理、それらに衝突をする事は日を見るよりも明らかである。宇宙に綻びをもたらす事は自明と言っても良いのであった。神と云えども、その修復は難しい。もし、因果と論理を無視するならば、宇宙共々、滅び去らぬ、とも限らないのである。神々はこうして、不自由に成った。そして、更に、問題なのは、宇宙で産まれた想念が他の宇宙にも伝わってしまう事だった。無数に造られた宇宙には、同じ神々が産み出されて居り、想念は一卵性の双子の様に固い絆で、結ばれていた。予想に反して、想念は時空の壁にも、阻まれ無かった。この意味でも、宇宙は創造神の意の侭には動か無かった。神に取って、宇宙はあくまでも定常的で在らねば為らない。だが、それらの宇宙はあらゆる意味で、その様な状態を許さ無かった。定常性は破られる。神々はその辻褄合わせに、またまた、宇宙を産むのであった。だが、宇宙は宇宙でしか在り得ない。定常性は造る側から、破られた。時間を知らぬ故なのだろうか？神々は諦める、と言う事を知らないらしい。次々と新たな宇宙を産み出し続けた。宇宙で産まれた神々までが自らの宇宙を創出している。神々と宇宙との創出が曼陀羅の様に広がっていた。まさしく、無限の混迷である。ふと、虚無への予感が脳裏を過ぎった。 と、何故だろう？何処かで、小さな声がする。「こんな混迷しか無いなんて、いや、別の何かが在る筈だ、混迷を断ち切る、そんな何かが」肉体にでも、憑く魂だろうか？どうやら、事の成り行きを、その初めから見て居たらしい。溜息の様な呟きからは、彼の苛立ちも、見て取れた。彼の持つ極、限られた短い時間が焦りを呼んだのに違いない。彼もまた、諦観などは知らぬのだった。神々は全存在を掛けて宇宙を産んだ。だが、その宇宙は神を裏切って、全ては混迷へと向かって、驀進している。しかし、神々は憑かれた様に、宇宙と神々とを産み出し続けた。一見すると、終局の無き混迷である。だが、彼はその混迷の奥底に、別の世界を感じるらしい。ひとつの救いの予感であった。全ての混迷を止揚した、その様な様相を持つ何ものかである。 神々と宇宙の混迷はそれ自体が定常的にも思われる。だが、それもひとつの運動とすれば、定常性は破られるだろう。必ずや、新たな運動を産み出して、何ものかを産み出す筈だった。そして、其処には、時間も、空間も存在しない。おそらくは、想念の世界なのだろう。ならば、彼の言う別の世界は今も、何処かには、存在していた。「だが、それは一体、何処に在り、如何なる世界であるのだろう、何故、自分には、見えぬのか？」彼は悶々と、考え続けた。だが、神々と宇宙の混迷は運動と考えて良いのだろうか？明らかに、矛盾を内包している。少なくとも、論理的思考とは言い難かった。だが、是非を問うのは此処では止そう。未だ、見えては居ないのらしいが、彼はそれを確信している。思索など、有効な世界とも思えぬけれども、彼は其処を考え続けて、答えを探しているらしかった。
Cotosiro