背後の世界 　　その７　サタンの陰謀 March 14, 2004. By Cotosiro.
			私は彼の心を更に深く知る為に、彼がホームページに書き残した幾つかの主張や発見を調べ直した。 おざなりに見る事が多かったので、断片的にしか、理解しては居なかったからである。 幸いにも、私はそれらをおおよそ保存している。 暇を見付けて、纏め始めた。そして、幾つかの予言的な叙述と世界への彼独自の認識を見いだした。 試みに、予言的な叙述を後に起こった様々な事件と照合すると、符合をするものが数多い。 無論、それは以前、既に読んでおり、知ってはいたが、彼一流の夢想と考え、気に留める事もなかったのである。 「だが、単なる夢想ではないのかも知れない」これらの符合を目の当たりにして、私はそう考え始めた。
	やはり、彼は自らの識眼を反転させて、精神世界を見たのだろうか？ それとも、知らぬ間に培われた科学的洞察力の賜だろうか？あるいは、それはやはり、単なる妄想であり、その様な符号は偶然であるのか？ 常識的に考えるなら、後者の二つの内、いずれかである。 だが、もし、彼の言う様に、各々の意識が本当に精神世界のこの世への窓であるのなら、それは現在に限らず、過去、 未来の至る所に開いている、とも言えそうである。その故に、もし、彼が精神世界を覗けるならば、彼は過去のみならず、 未来についても知る事が出来る、と言う結論にも達してしまう。精神世界はおそらく時空を持たぬので、これは当然の帰結であった。 ただ、これは精神世界を通して、直接、未来や過去を見る事が出来る、と言う事を意味しない。 それはあくまでも、他者の意識を通して見るのである。 従って、その様な世界には、その他者の認識が混入している、 と言う事を忘れては為らない。その他者の意識が低ければ、つまらぬ認識しか得られぬのである。 事実はともかくとして、理屈の上ではそうであった。「やはり、彼は精神世界から、過去や未来を見たのだろうか？」 私は彼の基本的な観点と論理を順を追って探っていった。 すると、それらは認識の主体と認識対象との関係、また、その関係に基礎を置く概念と現象との関係を説明するものである事が窺い知れた。 また、生物の進化を含む情報（記憶）の進化と、その様な情報と情報媒体との関係についても説明している。 そして、それら全ての関係は認識への意思に基礎付けられる、と言う事らしい。 また、精神世界と物理世界は認識とその対象のそれぞれの外観であり、波動と言う情報によって繋がっている、 と彼はその様に考えているのらしかった。 だが、それらの世界と情報は彼によれば、元々は別のものではなく、認識の主体と認識対象との関わりで概念化 されるだけであるらしい。また、その様な関係の論理的帰結として、可能世界が考えられた。彼の言う可能世界とは波動の世界であり、 その波動は物理的存在であり、情報でもある。
	だが、その様な波動は未だ認識主体には届いていない情報であり、その故に、 その情報はある範囲において、ある確率で変動をする可能性を秘めるのである。 彼は以前、「物理現象は全てが情報である」と言っていたが、この事を言いたかったのに違いない。 また、この様な情報の概念は物理現象だけではなく、あらゆる事象に適用し得た。情報は伝達をされるまでは、それが果たして、 どの様な内容であるのか分からない。また、内容が変えられて伝えられるケース、そして、全く伝わらぬケースも考えられる。 その故に、人々の考えるいわゆる現実には、可能世界の一部が混入している。彼はその様に考えていた。
	だが、説明能力の低い克夫が此処まで説明をし得たのは奇跡に近い。彼は以前、「俺の考えは神の啓示だ」などと、 冗談めかして言っていたが、これを見ると、あながち冗談とも言い切れぬ。「本当に彼は神から教えられたのかも知れない」 私は一瞬、その様な錯覚にも陥った。 だが、認識をする者にとって世界は客観的な世界ではなく、 あくまでも主観的な世界であるように思われる。少なくとも、彼の論理から見るならば、そう言わねばならない。 ならば、神やサタンが存在をせぬ、と言う根拠は見いだせぬ。無論、それは物理的存在ではあり得ぬが、彼が本心から、 存在をする、と言うのであれば、少なくとも、彼の世界には存在をする、と言わなくては為らない。 そして、彼はその様な神から啓示を受けて意識の窓を反転させ、過去や未来を垣間見、また、未知の真実を見付けたのかも知れない。 無論、この様な神への認識は彼において、客観的な認識などと整合性を保つ事を前提とする。整合性の無き認識はただの妄想に過ぎない。 ただ、私の立場から見るならば、それは「彼の言葉は真実かも知れない」と、言う程の認識に留めるしかない。 それはあくまでも、私にとって、彼の言う可能世界での事象であった。そして、それは元来、私においては永遠の可能世界でもある。 ただ、彼の言う神やサタンは元来は単一ではなく、複数でもない認識不能な存在であるので、この事については、 留意をしなくては為らない。彼によれば、その様な神やサタンが事象を起こし、認識をされる時、初めて、区別が生じ、 数える事が可能と成る。 だが、彼の言う神やサタンの実在は果たして、彼の世界だけの事実であろうか？ 私にとって、本当に永遠の可能世界であろうか？私は彼の論理を追う内にその様な疑問に捕らわれた。 彼は各々の心は精神世界の窓であるから、その様な心は全て精神世界を通して繋がっている、と言っている。 そして、それは実体験として語られていた。もし、その話が妄想ではないのなら、彼が存在を信じる神やサタンは精神世界を通して 私の世界にも入り込む事が可能である。少なくとも、論理的には、その様な結論が導き出された。
			想像をすると気味が悪くて、私は一瞬、思考を止めたが、否定をし切れぬ心理も働く。 その頃、私は既に彼の世界に引き込まれていたのかも知れない。だが、それは彼の所為ではなく、おそらくは私自身の責任だった。 もし、彼の論理が適切ならば、私の世界には、本来、私の神とサタン、あるいは他の精神的支柱がなければ為らない。 だが、私は当時、その様な精神的な支柱を意識した事は一度もなかった。従って、私の主観的な世界には、基軸が無く、また、その故に、 論理的な整合性もほとんどなかった。つまり、私の主観的な世界は客観の中に埋没していた。 その故に、私はいともたやすく、彼の世界に引き込まれたのではないのか？ 客観性は全ての主観的認識を結び付ける唯一の絆であるからである。客観的に理解をする、と言う事と、同じ認識をする、 と言う事は同じではない。だが、自分の世界が曖昧ならば、往々にして、それらは同義と成った。
	だが、当時、私はまだ、その様な事には気付いていない。私の最大の関心事は世界に対する彼独自の認識と彼の抱いていた 不安であった。彼の認識については、取りあえず分かったように思うが、不安については、まだ未知の部分がありそうである。 ただ、原初的には、その不安は愛情が失われ、暗闇に閉ざされる事への不安であった。 また、狂気に陥った頃の彼の不安がその様な原初的不安に基礎付けられる事も確かであった。 そして、それはあの手紙においてサタンの陰謀として表されている。つまり、彼は精神世界を見て、サタンの秘密を知ってしまった為に、 様々な妨害に見舞わて、ついには精神病院に囚われた、と感じたのである。 だが、彼が掴んだのはサタンの秘密と言うよりは、むしろ、世界というものの秘密であったのかも知れない。 そして、実を言えば、完全に掴んだ、とは思っていなかったのかも知れない。 その故に、彼はその秘密を知る事をサタンが妨害している、 と感じたのではないのか？彼には、本当に知り得た、と言う充足感がなかったのではないのか？私はその様に疑った。 そして、私の立場から見るならば、彼のサタンは原初的には、やはり、彼の心の中にある自身と外界との障壁だった。 だが、彼においては、その様なサタンは実体であり、サタンの陰謀と妨害は疑う事の許されぬ事実であった。 彼のサタンは果たして、私の世界に来るのだろうか？ふと、気が付くと、私はその様な不安に捕らわれていた。 おそらく、当時の彼の生き甲斐は世界を知る事だけだった。それは彼の人間関係への不器用さ、消極性などが原因しているように思われる。 そして、その不器用さ及び消極性には、おそらく彼の神とサタンとの絶対的相克が関わっていた。 あるいは逆に、彼の不器用さと消極性が彼の神とサタンを呼んだのだろうか？ いずれとも良くは分からぬが、会社を辞めた事が彼の心に深い傷を残したらしい。 意識的かどうかは別として、その時から、彼は世俗的な願望を捨てたのである。そして、自身に自身の精神性を追求させた。 「自分は自分であらねばならない」それは自身のアイデンティティーを守る為の作業であった。 そして、それは自分が認識者である事、すなわち、自分自身と世界を知る事で達成される、と彼は信じた。 私は取りあえず、その様に彼を理解した。
	だが、彼の唯一の生き甲斐も、様々な妨害によって妨げられる。自分自身の説明能力、命を繋ぐ為の雑多な活動、他人の無理解、 蔑み、妨害、そして、性欲や貧困や老いなどである。 特に貧困のもたらす苦しみは身体的苦痛には留まらぬ。蔑みや侮り、孤独など精神的苦痛も、 もたらすのである。そして、彼自身が以前、語ったように、自分の大事な発見が盗まれる恐怖にも脅かされた。 また、老いは彼の認識の能力を容赦もせずに奪い続ける。貧困は老いを助長するので、その様な老いの弊害は加速度的に顕在化をして、 彼を悩ませたのに違いなかった。 認識者が認識を失う事は死に等しい。その様な老化は私も彼と同年代であるので、 おおよその事は理解が出来る。
	しかしながら、彼はその様な認識への障害を人の仕業や単なる物理現象とは思わなかった。 彼はサタンの仕業と理解した。それは彼が人の魂を神そのものと理解した事と関わりがある。神は悪事を行わない。 人が悪事に手を染めるのはサタンが唆すからである。彼はその様に考えたように思われる。 あるいは、その様に考えるべき、と思ったのかも知れない。 いずれにしても、彼の敵はサタンであった。サタンは自分の認識を邪魔しようとしている。それはもはや彼の確信だった。 そして、彼だけの知られざる戦いが始まった。その事は貧困に喘ぎながら、憑かれたように書き続けていた彼の姿からも推測し得る。 氷のような孤独の中での戦いだった。そして、それは絶望との戦いでもあったのかも知れない。 ならば、彼の不安はまず、認識を阻害される事への不安であった。だが、彼の言動や書いたものを見るならば、 それは同時に世界崩壊への不安でもあった、と考えられる。彼は精神世界を覗き見て、その様な予兆を感じたのだろうか？ いずれにしても、彼の論理から見るならば、彼の抱く世界崩壊への不安は論理的な帰結、とも思われた。 彼の世界は彼の認識によって成り立っている。従って、彼の認識が崩壊するなら、世界が崩壊をする事は自明であった。 そして、その様な世界の崩壊が彼の世界に限定をされる、とは断言出来ない。その様に考えていた節も窺える。
				彼がつたない文章を公表したのはその所為であったのかも知れない。つまり、彼の世界の崩壊は客観的な世界を通して、 私や他の人々の世界にも影響をもたらすのかも知れない。おそらく、彼には、その様な疑念があったのだろう。 客観性は全ての認識を繋ぐ絆であり、全ての世界は精神世界を通して繋がっているからである。 そして、おそらく、その事は彼が自身の認識の整合性に自信を持っていた事と関わりがあった。 認識の整合性はその世界の大きさと関わりがある。私の世界が彼の世界に含まれる可能性も無しとはしない。 何故ならば、世界はあらゆるものの集合であり、集合は集合を含む事が可能であるからである。 彼の世界が他者の世界を含む可能性は大きいように思われた。
目次
	その一　狂気の手紙 　　　その二　克夫の生い立ち 　　　その三　奇縁 　　　その四　克夫の能力 　　　その五　ライフワーク
	その六　迷える魂 　　　　　その七　サタンの陰謀 　　　　　その八　認識というもののミステリー
Cotosiro