----- 改訂第三版 ----- 背後の世界 その８　認識というもののミステリー December 28, 2015. 野口博正.						その1　狂気の手紙
	1．此の世の現状 平成14年（西暦2002年）8月15日: 克夫が亡くなってから、既に、五年ほどが経過した。そして、今のところ、世界は彼の予言通り、混沌とした状況へと、向かいつつある。言葉は真実を語らず、正義や善などを装う世俗的な欲望が経済的な力、そして、物理的な力で、世界を席巻している。 十九世紀から二十世紀にかけて、世界は曲がりなりにも、整合性のある精神を目指して、前進して来た様に思うが、今や、その精神は忘れられよう、としている。当時、掲げられた理想はもはや、一般大衆への心の伴わないパフォーマンス、あるいは、ただのお題目、へと、堕落した。その事は世界で、貧困や無知、暴力、そして、飢餓までが、蔓延し始めた事からも、窺える。 そして、魂を癒すべき宗教は人の世俗的な欲望を神の意思とする様な偏狭な信念に犯されつつある。更に、その偏狭なる信念は人々に、神の真意を忘れさせて、殺し合いの場へと、誘い兼ねない危険性を孕んでいる。宗教法人の名を借りた金儲けも、後を絶たない。世界と、その世界を見るべき魂は、物欲、金欲などに、支配されていて、益々、物質的と成ってしまった。本当に、悲しい。 その事について、いくら、何者かが精緻な論理を組み立てて、弁護するとしても、事実は雄弁である。弁護人の述べる天動説は、身内の間でしか、流行らない。無論、それは彼の弁護と現実との整合性が、成り立っていないからである。その為に、その弁護人は力で、その論理を押し通そうとするだろう。克夫はこの事について、「神はこの様な暴挙を許さない。神は、生物学上の必然、そして、歴史の必然として、その様な人間と社会に、恐ろしい鉄槌を下すだろう」と、言っている。 そして、彼は、次の様にも、言っている。人間は現在に至るまで、自然を征服する事に力を注いだ、だが、自然を収奪し尽くした今、我々は自らの欲望を制御する術を身に付けなくては為らない、さもなくば、我々の現実世界は崩壊の憂き目を見るかも知れない、と。
			無論、克夫は、単に自然環境保護の観点だけで、その様に言った訳では無いだろう。その事は彼の考え方に想いを致せば、すぐに分かる。それで、私は彼の言葉を以下の様に解釈した。本来、生物の持つ欲望は生命を育む為に、つまり、自己の保存と子孫の繁栄の為に、存在している、と考えられる。しかし、それらの欲望は今、目的を忘れて、一人歩きをしているらしい。たとえば、食欲は体の健康には頓着無しに、人を美食へと走らせて、成人病を誘発している。そして、性欲も、種の保存には、頓着無しに、一人歩きを始めたらしい。 無論、それは現代に限った事ではないのだろうが、今、その様な欲望の一人歩きは一部の人間の問題ではなく、地球規模の問題にまで、拡大した様に思われる。そして、その事は金欲、物欲にも、当てはまる。飽くなき欲望を実現し続けた結果が果たして、何をもたらすのか？「ソドムとゴモラは必ず、滅びる」克夫はそう、言っていた。それはおそらく、道徳的観点からだけではなく、共同体を取り巻く、様々な論理のバランス、と言う観点から出た言葉の様に思われる。 文明社会において、多くの人々、特に、資産家はその生存をほとんど、現在の社会システムに頼り切り、ただ、ひたすら、自らの欲望を満たすので、今や、先に克夫が指摘した問題が山積しているのにも拘わらず、その事を全く、忘れてしまった。いや、むしろ、目下の欲望を満足させる為に、それらの問題を、自らの意識から、排除してしまった、と言うべきなのかもしれない。
	社会のシステムには、賞味期限がある。そして、その様な社会のシステムが現状にそぐわなくなった時、それは殆どの場合、否応、無く、暴力的に、変えられてきた。つまり、人間が切迫した状況に追い詰められた時、我々は何時も、社会システムの改変に伴う血なまぐさい争いを見なければならなかった。これは本当に、不幸な事だ。これで良い筈が無い。人間は理性という武器を持っている。ならば、先を見通して、その様な悲劇の少ない社会システムの改変を成し遂げる事も、出来るのでは無いのだろうか？ 無論、全面的な社会システムの平和的な改革の例は見当たらないが、部分的なものならば、実際に、幾つか、見られる。ただ、この仕事を成し遂げる事が難しい事は確かである。人間の欲望を制御する事が必要であるからだ。特に、政治家や富裕層の自己コントロールが欠かせない。だが、今のところ、それは望み薄の状況にある。政治家や富裕層は負ける事が嫌いで、戦う事が好きだからだ。 確かに、富裕層の慈善事業などは、幾分かは、社会に貢献している。だが、多くの場合、それは免罪符、自己満足、と言う麻薬として、作用しており、社会への貢献、と言う観点で、考えても、彼らが考えるほど、貢献してはいないのである。むしろ、それは、当人の思慮の堕落、と言う観点に於いて、問題である。彼らがすべき事は他にある。 それは、援助を必要とする人々の自活し得る社会を作る事である。そして、その具体的な行動として、第一に、挙げられるのは、寄付ではなく、もっと、税金を払う事である。無論、その税金は必ずしも、社会福祉に使われるのではない。国民の誰もが、自活し得る社会を作る為に、使われる。 無論、これを実行するのには、相当に困難な条件をクリアーする事が必要と成る。つまり、富裕層の自制的な精神が必要であり、資本主義の論理をうまくコントロールする仕組みを作る事も、必要である。また、国民が納めた税金を適正に使う政府をはぐくむ事も、必要である。もし、富裕層が経済の安定した発展を望むのなら、そうしない訳には行かないだろう。何故なら、今、資本主義は危険な曲がり角に差し掛かっている、と考えるからだ。 さらに、これは、一個の共同体、一個の国家、などで、解決し得る問題では無く、国家間の意思の疎通が必要である。難しい事は確かであるが、資本主義が生き残る為にも、これは避けては通れない問題である。もし、これをこのままに放置するなら、今の資本主義は、じきに崩壊するかも知れない。そして、数少ない特別な共同体、あるいは、特別な国家群以外の多くの国々においては、資本主義を続けられるか、どうかも、疑問である。資本主義のグローバルな崩壊も、あるいは、考えて置いて方が良いのかも知れない。 だが、不幸な事に、その事に、気付く者は今のところ、数少ない。あるいは、富裕層の人々は気付いた、としても、無視している。克夫は以前、科学の名の許に、虚偽を語る学者が増える時、暗黒の中世が訪れる、と言った。確か、それは、彼が間主観性について、述べた時、ふっと、口を突いて出た言葉であったが、あるいは、あれは彼の予言であったのだろうか？いずれにしても、その様な歴史的異変の一つは、おそらく、資本主義の崩壊なのだ、と、私は思う。
	遙か昔、富の収奪は自然に対して、行われたが、共同体が発達し、文明社会が産まれるに連れ、その収奪の矛先は他の共同体、そして、同胞へと向けられ始める。共同体、特に、文明社会が存在する以上、これは避ける事が不可能な現象である。 だが、その度合いには、自然に対する収奪と同様に、適正値がある。その収奪が適正値を超える時、その共同体は疲弊して、衰退し、場合によっては、滅ぶのである。あるいは、世界は戦争へと駆り立てられて、恐ろしい混乱へと、陥るのである。 私の見たところ、その様な収奪は今、適正値を超えた様に思われる。素直に、世界を観察すれば、その事はすぐに、分かるだろう。克夫はかつて、ホームページで、世界は汚物に覆われる、と警告した。その汚物とは、文明社会がその発展に伴って、排泄した汚物、つまり、貧困、汚職、環境汚染、などである。古代の文明の崩壊も、これらの問題が絡む事が多かった。そして、まさに今、世界はその様な状況へと入りつつある。 克夫は以前、社会は生物そのものである、と言っていた。そして、それは比喩ではない、とも言っている。社会には、脳があり、内蔵があり、骨格や筋肉があり、皮膚がある。また、免疫機能なども、備えている。そして、その様な社会の健康は人間の個体と同じように、各機能のバランスと血液などの円滑な流れで、成り立っている。克夫はかつて、その様に語っていた。
	今、考えると、これは確かな真実である様に思われる。たとえば、今、社会の皮膚は栄養不良で、疲弊している。そして、肝臓は栄養過多で、機能不全に陥っている。今まで、行われた緊急手術は取りあえず、成功したのだが、それは抜本的解決とは、成り得ていない。肝臓の栄養過多、そして、皮膚などの栄養失調の問題はその侭、残されるのである。このまま、時が経過すれば、世界を構成する主要器官が、癌化すら、しかねない、と、私は今、そう考えている。 もっとも、皮膚の場合は、栄養不良と酷使の為に、死んだなら、皮膚移植で、まかなう手も、考えられる。だが、普通の共同体では、免疫反応の為に、大規模に行う事は不可能だろう。従って、普通の共同体に必要なのは、肝臓に溜め込まれる栄養を速やかに、皮膚に送り込む事である。賢明な医師、特に、東洋医学の医師ならば、その様な診断を下すだろう。 だが、今、社会の脳は逆の事をしようとしている。フォアグラ状態の肝臓が、溜め込んだ栄養を出そうとしない事も、その一因である。脳の試みが旨く行けば良いのだが、その方向が自然の摂理に反する事は確かである。さんざん、飲み食いをした結果、垂れ流された社会のウンコは、この様な事で、果たして、押し込める事が出来るのだろうか？肝臓に栄養を溜め込んだままで、皮膚の再生など、出来るだろうか？見たところでは、社会的汚物があふれないよう、願うしかない、と言うのが現状である。 あるいは、社会における脳のこの様な対応は、脳の痴呆化の証であるのかも知れない。社会機能を適正に保持する為のコントロール能力を失っているのかも知れない。脳が自身の機能を思い出す事を切に、願わずには居られない。
				2．認識というもののミステリー 物理学に関する書物において、時折、エントロピーという言葉を見る事がある。この概念は元々は、物理世界を説明する際に使われる概念の様だが、今や、他の問題に関しても、使われるらしい。例えば、物理世界のエントロピーが増大する様に、善悪などの概念についても、そのエントロピーは増大の一途を辿っている、と言う具合に、使う事が可能である。この場合、エントロピーは時として、減少するが、もし、我々が概念の確認、例えば、善、あるいは悪が何であるかの確認を怠るならば、それらの概念のエントロピーは増加し続ける。つまり、エントロピーの増大は、究極的には、善悪の概念が空洞化に向かい、精神世界に対する認識の整合性が崩壊に向かう事を意味する。克夫に言わせるなら、それは世界崩壊の前触れであり、サタンの仕業である、と言う事だろう。 彼はかつて、この事を「善は善であるように、醜は醜であるように、素直な認識をせねばならない」と、警告している。これはおそらく、「整合性在る自分自身の認識を構築して、その認識に従って、判断せよ」と、言う意味だろう。 生物は自らに内在する情報の進化、及び、自らが発信する情報の進化、また、自らの認識の進化を求める存在である。その為に、生物はエントロピーの増大に歯止めをかけ得る存在でもある。だが、神が営々として、築き上げて来た精神の進化、すなわち、生物の進化は今、退化へと、転換しかねない状況にあるのではないのか？新たな病原菌やヴィールスの蔓延を考慮するなら、また、雌雄のエントロピーが増大し始めている事を考慮するなら、私のこの様な心配も、あながち、妄想とは言い切れない。 雌雄のエントロピーへの言及は、あるいは、差別である、などとして、誤解されるかも知れない。しかし、これは決して、人格への攻撃ではない。理解されるか、どうかは分からないが、あくまでも、生物学的な危機の問題として、考えている。
	いずれにしても、生物の論理から見るならば、これらのエントロピーの増大は生物と精神にとって、危険な兆候と言わざるを得ない。それは情報の単純化を意味し、また、情報の単純化は生物世界と精神世界のエントロピーを増大させる事を意味するからである。つまり、情報の空洞化と種々のエントロピーの増大は相関関係にある。そして、全てのエントロピーの増大は虚無へと通じる。ひょっとすると、これが克夫の言うサタンの陰謀の本体であるのかも知れない。そして、我々人間のエネルギーの大量消費は文字通り、エントロピーの増大を加速させるので、我々人間は、それと気付かないまま、サタンに手を貸す事に成っている、のかも知れない。 今の社会の状態は欲望がその目的から離れて、一人歩きをする偏執病である様にも思われる。経済システムのあり方を見ても、その事は容易に窺い知る事が出来る。実は、社会が精神病者で、克夫はあるいは、正常であったのかも知れない。その為に、サタンは彼の警告を封じる為に、彼の表現能力を奪い取り、精神病者として、病院に閉じ込めたのではないのか？私はつい、その様な妄想にも、捕らわれる。 だが、本当に、妄想だろうか？やはり、サタンは実体であり、本当に、世界を虚無へと葬ろう、としているのかも知れない、と、つい、その様に思ってしまう。 いや、少なくとも、それは克夫の世界では、真実だった。そして、その様なサタンは私の世界、あるいは、他の人々の世界にも、侵入する可能性を持つのである。いや、今まで、考えて来た事を考慮するなら、必ず、侵入するのではないのだろうか？そして、そのサタンを滅ぼす事は不可能である。サタンが滅ぶと、世界も滅ぶ。克夫の論理が適正ならば、サタンは神の認識にとって、また、我々の認識にとって、すなわち、世界の存続にとって、不可欠な存在であるからである。 そう言えば、洋の東西を問わず、悪しき魂や魔物の類が聖者によって、洞窟や壺などに閉じ込められる、と言う話が伝わっている。つまり、何者といえども、サタンを滅ぼす事は不可能であり、閉じ込める以外、魔性を封じる手段はない。人類は長い歴史を経る内に、経験的に、その様な真実を知ったのである。そして、私の世界に侵入したサタンを閉じ込めるのは克夫でも、他の何者でも無く、私以外には、あり得ない。それは既に、克夫のサタンではなく、私のサタンであるからである。
			認識への意思、すなわち、神は物質から得る情報だけでは満足できず、より高次の認識を期待して、生物を生み出し、文明を産み落とした。そして、それは一見、大きな成功を収めたかにも、思われる。だが、その様にして、産まれた文明は今、個々人を器官の部品へと、貶めている。その所為で、あらゆる認識は細切れと成り、整合性を失いつつある。サタンは初めから、その事を知っていたのではないのか？少なくとも、克夫はそう、考えていた。彼の大学時代の理論武装、と言うお話や、精神病院から、送られて来た手紙を見ると、そう、考えざるを得ないのだ。 彼はその時、文明に於けるあらゆるエントロピーの増大を予見していたのかも知れない。克夫はその事をサタンが神に時間を止めさせる、と言う表現で、警告した。いや、サタンという実在がエントロピー増大の原因である、と考えていたのに違いない。 中世のヨーロッパでは、しばしば、異端者の処刑や魔女狩りが行われた、と言う。「それはサタンが人々の未知なるものへの恐れ、異端なる者への憎悪をかき立てて、神を装い、排斥的気分を煽り立てたからに他ならない」克夫なら、おそらく、その様に言うだろう。他者を排斥する、と言う事は他者を認めない、と言う事である。また、それは他者を認識したくない、と言う心理に基礎付けられる。つまり、それは認識のエントロピーが増大している、と言う事である。克夫はその危険性を知っていた。
	虐めや、魔女狩りに類した行いについては、「鬱積したフラストレーションのはけ口である」と、言う心理学的解釈もあるが、そこに留められるべき問題では、決して、ない。この種の行為には、認識の単純化への無意識的な意思が関わっている。そして、その様な簡略化への意思はおおむね、感情的なものなので、論理的な簡略化では無く、精神的エネルギーのエントロピーを増大させよう、とするサタンの意思に他ならない。世界は多様であるから、豊かな認識をもたらすのである。つまり、醜悪が存在しなければ、美しさも、全く、存在し得ない。悪が存在しないなら、善も同じく、存在しない。此の世は好むと好まざるとに拘わらず、その様なものの関係から、出来ているからだ。 そして、残念ながら、此処に揚げた魔女狩りなどは決して、中世に限定される問題ではない。我々も、また、同じ事をしかねない状況に置かれつつある。いや、既に、それは始まっているのかも知れない。そして、克夫はその様な傾向の犠牲者であるのかも知れない。 だが、この様な不幸な状況は、やはり、この世の理だろうか？ある範囲で、考えるなら、そうかも知れない。ただ、人間は事実を有りのままに、是認する受動的存在ではあり得ない。神とサタンの戦いに、傍観者で居る事は不可能である。あえて、傍観するならば、それは世界を虚無へと導く。傍観は、認識すべき事を認識させず、当人の世界を縮小させるからである。我々は我々、それぞれの世界において、自身のサタンと、対峙しなければならない。
	ただ、念の為に言わなければ為らない事がある。この戦いに対しては、物理的な武器は無力である、と言う事だ。武器の使用は世俗的な争いでしか、有効ではない。つまり、我々は、この戦いが精神的存在であるサタンとの戦いである事を認識しなくては為らない。そして、サタンを閉じ込める場所は自身の心をおいて、他にはないのだ。 それにしても、認識と言うものの背後には、想像を絶する秘密が隠されている。克夫は自らの精神性を高めようと、世界への整合性ある認識を欲したが、もし、彼の言うサタンの妨害がなかったならば、彼はあれほどの認識に辿り着く事が出来ただろうか？ おそらく、日々の生活に埋没して、普通の人生を送っただろう。そして、おそらく、無意識にサタンに手を貸したのかも知れない。皮肉な事だが、サタンの執拗な妨害が彼の認識を育てたらしい。まさに、サタンと言う存在はやはり、認識にとって、必要不可欠な存在だった。だが、問題はある。克夫はその様な認識を得た事だけで、満足しただろうか？悔いを残さずに、死んだのだろうか？
	克夫はサタンの攻撃に苦しみながら、世界を見て、神とサタンを認識しつつ、この世を去った。その事はあの手紙の内容から窺い知れる。もし、サタンの意思が虚無にあるなら、これは彼がサタンに勝った事を意味する。彼はサタンの妨害にも拘わらず、自身の認識を深めて、その認識に従って、行動したからである。少なくとも、サタンに操られた人々に、比べるならば、それは幸いであったのかも知れない。だが、彼も、人の子には違いない。そして、本人も、自分は世俗的な人間である、と言っていた。 確かに、彼は整合性のある認識を得た事については、一応の満足はしたのだろう。だが、世界は認識の主体と、その対象から、成り立っている。ならば、克夫はオブジェクトとしての自分には、満足出来なかったのではないのだろうか？彼の存在や、その認識を知る者は殆ど、いない。つまり、彼は、自分を、そして、自分の認識を知って貰いたい、と言う欲求を満たす事は出来なかった様に思われる。
				おそらく、彼はその様な自分の飢餓感には、気付いていない。だが、彼の言う認識への意思は世界がサブジェクトとオブジェクトで、成り立つ以上、おそらく、認識されよう、とする意思と一対なのである。あるいは、彼の魂は死に切れず、この世を彷徨ってでも、いるのだろうか？世俗的恨みを抱きつつ、幽霊と成り、祟りでも、狙っているのだろうか？それとも、まだ、己のサタンと戦っているのか？ 私には、明確に判断する事は難しいけれども、此処で、重要な事は、彼の予言と現実との符合は彼のサタンが既に、私の現実世界に侵入した事の証なのかも知れない、と言う事だ。そして、もし、そうならば、それを封じる者は克夫では無い。何故ならば、克夫のサタンは私の世界に侵入した時点で、私のサタンと成ったからである。だが、私は果たして、サタンの誘惑に、勝てるだろうか？何故かは知らないが、虚無の匂いがふっ、とする。サタンが近付いているのに違いない。克夫、俺はどうすれば良いんだ？
目次
	その一　狂気の手紙 　　その二　克夫の生い立ち 　　その三　奇縁 　　その四　克夫の能力 　　その五　ライフワーク
	その六　迷える魂 　　　　　その七　サタンの陰謀 　　　　　その八　認識というもののミステリー
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